110話 蒼炎の霧吹く錬金術士
「鈴の音――研ぎ澄ませ――」
武志は鞘を持つ左手の親指で、刀の鍔を押し上げ、刀身をわずかに露出させたかと思えば、再びチィンッと刃を収めた。
一見して、何の意味もない動作に思える。
「――風刃」
しかし、鞘へと戻った刃が、薄い緑色のオーラを纏ったことを俺は見逃さなかった。なるほど、風の精霊か何かの力で、刀に風魔力付与みたいな事をしたのだろう。あれで、物理攻撃力の底上げと、魔法攻撃力も追加したのかもしれない。
切れ味の増した刀を鞘に入れたまま、一直線にこちらへと駆け出した武志。
「まずは、攻守のリセットから始めよう」
こちらが受け身に回るわけにはいかない。
おそらく俺の防御力とHPでは、武志の一撃に耐えられるはずがない。
俺は慌てずに、『太陽に焦がれる偽魂』を周囲で旋回させたまま、左手に持った『種火入れ』を素早くしまいこみ、代わりに黄色くゴツゴツとした小石を取り出す。
「さて……」
『閃光石』を軽く真上に投げる。
「小手調べといくか」
落下してきた閃光石を、右手で持った小太刀で右薙ぎ切り払い、その勢いに身をまかせて身体を思いっきりひねった。
「む、これは!?」
急に後ろを向いた俺に対し、武志が不審に思った時はすでに遅く、奴の視界を強烈な光が襲った。
「なぬ、眩しい!」
俺は目を瞑りながら慣性の法則を利用して一回転、元の向きへと直る。体勢を戻すついでに取り出した『溶ける水』の瓶を左手に遊ばせながら、俺は思わずつぶやいてしまう。
「案外、ちょろいかも」
奴はどうやら、『閃光石』の光をもろに目に入れたようだ。次の一手を打てる有利な状況にいる俺に対して、視界を奪われた武志は顔をしかめながら動けないでいた。
先の戦闘から分析するに、武志は受け身からの反撃、つまりカウンターを得意とする戦術スタイルだ。迎撃体勢に入ったのかどうかは知らないけど、動かない敵など恰好の的だろう。
「フゥ、お願いね」
「まっかせてーッッ!」
俺の初手から次の手は流れるように繋げられた。
わずか三秒しか相手の視覚を真っ白に染めることしかできない『閃光石』。
だが、その三秒は一対一の戦闘において命取りになる。
「むむ……」
『溶ける水』を前方へと拡散させるように振るい、物を容赦なく溶かす液体はフゥが吹き込んだ風に乗って、武志へと酸のしぶきが如く襲いかかる。
「風の精霊よ、拙者の剣智を以って、此方彼方を分け隔てよ」
やはり俺の攻撃を悟ったのか、武志は右手で刀を抜き、それを下へと突き刺した。すると奴を中心に、床板が緑色のエフェクトを放ち、円を描くように広がっていく。
「結界魔法――風殺結界」
そして左手をこちらへと掲げ、何らかの広範囲ガードの魔法でも発動したのだろう。床から半球状の風のドームが生成された。先程、グレン君の火球による連撃を防いでいた小さな規模の魔法ではなく、目が潰されたこの瞬間に限って、カバー範囲が大きな防衛手段を選んだに違いない。
面での攻撃は、グレン君の時みたいに炎ならば切り通せただろうけど、液体ならば話は別。
振りかかってしまう恐れがあるから、風精霊の力を借りて吹き飛ばすか、魔法か何かでガードする他ない。まして目が機能しない今、武志が取れる確実な防御方法はそれに尽きる。
俺とフゥがもたらした酸の雨は、ことごとく風の防護によって弾き飛ばされていくだろう。やはり、受けは得意のようだ。
「だけど、問題ない」
あちらが防ぎきる頃には、こちらの次の手は完成しているのだから。
刀の攻撃力の高さがわかっている以上、うかつにイガイガきょうだいを突貫させて、早々に撃墜される愚策を選ぶ必要もない。
さぁ、新アイテムの効能を俺に見せてくれ。
俺は一つのアイテムをポトリと床に落とす。
それは緑の茎や葉から成る、青い花を先端に咲かせた、根っこがむき出しの植物だ。
同時に俺の視界に、小さな青いマーカーが出現した。
「なるほど、これで設置場所を設定すると」
俺は視線で青いマーカーを、武志が発動している防護結界が届かないギリギリの地点に移動させる。
「あそこで根付け」
俺の命令に従うように、新アイテム『狐火の燈宙花走』は動きだした。
この植物、茎から上の部分はいたって平凡な青い花を付けたものだ。しかし、そこから下、つまり根っこの部分が違う。白く細い小さな腕が数十本、『狐火の燈宙花走』から生えており、それが根っこの代わりになっている。
それらの手は、俺の意思に反応してゾワゾワと動きだし、床を這うようにマーカーの地点へと移動していく。
この微妙に気色悪い植物の元となった素材は、ニュウドウさんから教えてもらった『曇りのち晴れジュース』のレシピが深く関係している。
『曇りのち晴れジュース』のレシピはこうだ。
・【上質な水】
・【シュワシュワの角】
・【灰粉】
・【グレープル汁】
・【蒼火花】
これと料理スキルを合わせれば、灰色の無味な炭酸ジュースから、ストローでかき混ぜるだけで、クリアな空色へと変わり、爽やかな柑橘系炭酸ジュースへと変貌する『曇りのち晴れジュース』が出来上がる。
このレシピを利用し、ラムネみたいなモノは作れないかとジョージと試行錯誤を繰り返し、限られた素材を『合成』した結果、『狐火の燈宙花走』は完成したのだ。
『シュワシュワの角』
【青い小さな火で攻撃してくる、焔の子狐の額に生えている一本角。熱の根幹とも言えるソレは、常に高温で、角に付いている粘膜がマグマのように沸騰していてシュワシュワと気泡を発生させている】
『灰粉』
【燃えカス。熱に触れると火が燻る時が稀にある】
『蒼火花』
【蒼い火の咲く花で、火そのものが花になっている。群生地帯を夜に訪れれば、それはそれは美しい光景が見れるだろう】
この三つの素材に加え、地下都市ヨールンに浮遊していた『月に焦がれる偽魂』の写真から抜き取った色、『独白』を混ぜ合せたのだ。
『独白』
【擬似的な月光の成分が含まれている。自律的に動く生命体の礎にもなりうる色で、独立に相応しい白】
こうして生まれたのが、根部分に白い手が何本もある、自動で移動する青い花の植物だ。
『狐火の燈宙花走』
【根っこの手を駆使し、走るように寄生する場所を見つけ、自らを生存させる植物。一度、その根をはり巡らすと、養分を吸い取り胞子を飛ばす。この花粉のような胞子は、大気に触れると青白く発火し、蒼く煌めく狐火が辺りに充満する。花を揺らすと散布される胞子量は増加し、その胞子は一定の確率で種子となり、新たな『燈宙花走』を生みだす。だが、あくまで植物の域を出ないためかなり脆い。その歪で儚い存在ゆえか、夜闇の宙に漂う青い焔の星々は、非常に幻想的な光景を作りだす】
【持続ダメージ:2~35】
【属性:赤】
【特性:蒼炎】水では消えない
冬虫夏草といえば、ジョージが『蛾の幼虫などに寄生して成長するキノコが有名だけど、薬膳料理としてふるまわれてるわねぇん』と、微妙に食欲の失せる話をしてくれたっけ。
とにかく、コイツを試す時がきた。
増殖のスピードにしろ、持続ダメージの値にしろ、武志を相手にじっくりデータを取ってやる。
「さて、ついでにもう一匹」
結界魔法とやらが消失したタイミングで、俺は更にもう一つの『狐火の燈宙花走』を放ち、武志よりも俺に近い地点へマーカーを設置する。
「むむ、何とも奇怪な火の粉……蒼炎の霧でござるですか……」
一匹目の『狐火の燈宙花走』はすでに床へと根を張り終え、その青い花から、武志のいる周囲に多量の胞子をまき散らしていた。
蒼く小さな炎の粉がゆらめきながら、武志の体力をじわじわと削っていく。いわば設置型のダメージ発生機とでも言えばいいのだろうか。
さっきの防御結界の効果時間が一瞬にしろ、長いにしろ、ずっと発動し続ける事は叶わないはずだ。
こちらが放ち、設置した『狐火の燈宙花走』は地面、もとい床板を養分にして、狐火をまき散らし続ける。しかも放っておけば、増殖していく。
「さぁ、どうでる、武志」
さっきの、グレン君の炎を十字に切り裂いた手段は、この細かい蒼火の前では無意味に近い。一瞬だけ霧散させるぐらいしかできないだろう。
「さすれば、拙者が移ろえば良いだけのことでござるですな」
武志が出した答えは、火の粉が及ばない場所へと移動を繰り返しながら、俺に接近する手段のようだ。
「それじゃあ、フゥ。よろしくね」
「あいあいっさー♪」
今やニ点に配置された『狐火の燈宙花走』は、風乙女の息吹によって、激しく揺らめき、その胞子量を急増させた。しかも、フゥは俺の意を汲んで、胞子の飛ばす方向を風に乗せて操ることも忘れていない。つまり、武志の動きに合わせて、蒼い炎の粉を飛ばしているのだ。
「なれば、――剣駆風鈴流――」
「させないっ」
より強い風にて、炎の胞子を吹き飛ばせば良いだけの事。
そう判断した武志はしかし、大がかりな結界魔法だか、精霊魔法なりを発動している暇などなかった。
なぜなら、俺が『打ち上げ花火(小)』を使用したからだ。
一直線に飛来する花火に対し、武志は持ち前の俊敏さで何とか避ける。だが、背後で爆発した火花までは消す事ができない。
花開いた火のあられを背中に受け、武志は少しだけよろめいた。
「ぐっ、さすれば、元凶を絶つまで――」
「それも、させない」
じわじわと武志の体力を削る大元、床に寄生する『狐火の燈宙花走』に狙いを定めたようだ。
その対処方法は正解だ。
『狐火の燈宙花火』は本体が何らかの攻撃を被弾すると消えてしまう。
だけども、その本体は今や二匹だけではない。舞い散った炎の胞子が床へと着火すれば、一定の確率で新しい『狐火の燈宙花走』は生まれる。その発生スピードは俺の予想を大きく超えるもので、ざっと見る限り五匹に増えていた。もちろん、加算的に持続ダメージも増加しているだろう。
だからこそ、俺は続けて『打ち上げ花火(小)』を撃ち放った。
「ぬぅっ! 刀術――『風旋・一ノ太刀』」
武志はもがくように狐火の密集地帯から逃れようと、こちらに直進してきた。
ついでに、空を上から下へと袈裟切りに刀を振るった。
その瞬間、刀身に宿っていた薄緑のオーラは消失、代わりに武志に向かっていた『打ち上げ花火(小)』が真っ二つに割れた。
「なるほど、一回限りの遠距離攻撃か……刃への魔法付与はなくなったかな?」
だが、それも武志の進行方向で激しい火花を発生させただけに他ならない。
面での攻撃を一刀両断できはしても、数えきれない程の点での攻撃は?
飛び散る火花の一つ一つを切り伏せることは不可能だろう。
花火の直撃を避けているとはいえ、間接的なダメージを負った武志は低く唸らざるを得なかったようだ。
「むむむ……」
初めて敗色の濃い武志の姿に、ギャラリー達が沸き上がる。
「一方的だな……あのスキル、一体何だ? アイテムなのか?」
「おいおい、あの子さっきから一歩も動かずに、武志の奴を抑え込んでるぞ」
「ざまあねえな、武志の野郎」
周囲の傭兵たちはそう分析しているが、実際に起きている事実とは程遠い。
連続的に攻撃を浴びせる側とそれを凌ぎ続ける側。
武志の方は今もなお、狐火による微量のダメージが蓄積されていっている。
接近を許さず、ダメージを発生させ続ける。
かなり有利に戦いを進めているのは事実。
だけど、それはそうせざるを得ないからである。
これは逆を返せば、相手が俺の攻撃を防ぎきれば……この均衡が破られれば、きっと俺に勝ち目はなくなる。
だからこそ、必死に三発目の『打ち上げ花火(小)』を準備する。
武志が近づけない程の花火弾幕を張り続け、進む隙を与えず、アイテムの尽きない限り、放射し続ける。
そう、俺は動く暇がないだけなのだ。
さぁ狙いを定め、花火を打ち放とうした刹那、武志はその射線上から逃れるように、ジャンプした。さらに華麗なばく宙を決め、
「風よ風よ、其方と踊りましまし――『風土・遠来』」
俺の狙いをぶれさせながら、詠唱をも完成させていた……。
ついに……相手に先を取らせてしまうことを許してしまった。
ブックマーク、評価★★★★★よろしくお願い致します。
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