109話 いざ、尋常に勝負!
「社と言えば、神が祭られていたり、神社ってイメージだけど……」
社という名称が付いていながら神道的な空気は全くなく、ただの木造建築物だった。あえて特徴を上げるならば、なかなかに大きい平屋だ。
日本の江戸時代ぐらいに建てられていそうな家屋で、風通しが良さそうに木戸が開放されている。なので、簡単に屋内へと入ることができた。
一歩、二歩と小さな段差を昇って、社内に入れば、四方50メートル以上もあるだだっ広い空間が広がっていた。
床は板張りで、壁の両端に木刀なども立てかけてあり、まるで剣の修練場を彷彿させる、道場のような雰囲気があった。
「てやぁあああ!」
「うおおおお!」
「くそっ、参った!」
それもそのはず。
今、まさにエルフの武志と傭兵達が戦いを繰り広げていたのだ。三組からなる武志VS傭兵の図式が成り立っていて、それぞれ一対一の形式で剣を交えているようだった。しかもその戦闘を観戦するかのように、壁際に寄って、様々な傭兵も立ち見をしている。
「むむ。一人、一回まで模擬戦を承っておるです」
入り口付近には二人の武志が立っていて、そのうちの一人が俺にそんな事を言ってきた。かなり目付きが鋭かったので、少したじろいでしまった。
「……模擬戦の形式は、一騎討ちでござるです」
:戦闘形式は一対一です:
:模擬戦において消費したアイテムは模擬戦前の状態に戻り、破損した武器や防具は自動で修復されます。HPが全損されてもキルされることはありません:
:現在待ちは6名です。エントリーされますか?:
というログが流れた時には、俺はこの『風の社』の趣向を理解した。
なるほど。
よくよく見れば、道場の最奥には『剣駆風鈴流』という漢字で表記された看板まで設置されていて、どうやら本当に剣術道場のようだった。
「今は、拙者らの流派の『門下生』がお相手を努めているでござるです。がしかし、『門下生』を打ち破る猛者が現れれば、『師範代』、次に『師範』と剣を交えることもあるでござるです」
それぞれの社に見合った特性の精霊と契約した『武志』と、腕試しも兼ねて戦えるイベントか。ここ『風の社』では『風』の精霊武志が相手ってわけだ。
というか、アイテムや装備が損傷しないという仕様にくわえ、HPが0になってもキルされないのなら、『風乙女のフゥ』や『太陽に焦がれた偽魂』と、思う存分一緒に戦うことができるじゃないか。
なかなかに楽しそうだったので、すぐにエントリーをしておく。
「天士さま、戦うのですか?」
「天使ちゅわん、ちょっとぉん、一言相談してよぉん」
「あ、ごめん……ついね。『刀』って、どうやらステータス『知力』が関係しているらしいから、俺にも習得できるかもしれなくてさ。実際に戦ってみて、どんなスキルか感じてみたくて」
「ほわっつ!? 刀スキルが『知力』と関係してるって本当なのぉん?」
後半は妙に声音を落として、耳元で内緒話をするジョージ。
吐息がかかって、くすぐったい。
昔だったらキモいなんて思ったかもしれないけど、存外なんとも思わなかった。感覚が麻痺してるのか、ジョージへの信頼が成せた結果なのか、そこは定かじゃない。
「刀スキルかどうかはわからないけど……ほら、あの看板通りいろんな流派がありそうだし。でも、さっき武志に知力がどうのってヒントをもらったのは確かなんだ」
「ちょ、そのことは周りの傭兵には秘密にしなさいなぁん、言うにしてもそれなりの報酬を求めなきゃダメよぉん」
「あ、はい……」
「そういう事ならぁん、まぁいいかしらん。天使ちゅわんの出番もすぐに来そうだしィん? それにしても、だらしない男ばっかりねぇん……」
と、模擬戦が行われているスペースにジョージがチラリと視線を向ける。
俺も釣られてそちらを見れば、ガッチガチの全身鎧に身を固め、大きくて頑丈な両手持ちの斧を振るっていた傭兵が、武志に攻撃を避けられたところだった。そして、通り抜け様に胴を真一文字になで斬りされ、どうっと倒れ伏した。
ジョージの言う通り、このペースだと俺の順番までそう時間はかからなそうだ……。
「やっぱダメだったかー」
「移動が早いよなぁ!」
「振りやタメに時間のかかる、大武器スキルじゃ……かなり相手の動きを予測するのが上手い傭兵じゃないと、キツそうだな」
「まぁ、鈍重な分、威力が高いってスキルだから、相手の動きに合わせて当てにいくのは基本だけど、あのスピードじゃ難易度たかいなぁ」
「しかも、重装備で防御力もかなり高めのはずなのに、武志の一太刀で相当なダメージ入ってたぞ」
「もしかして、あの刀での攻撃……魔力も付加されてるんじゃないか? 魔防にも関係してるとか」
外野の傭兵たちが、武志の分析をしている。
「おい、あっちのスピードアタッカー、短剣スキル持ちの傭兵もやられたぞ」
「スピードが互角なら、刀の方がリーチが長いか」
「歩法系スキルも上手く併用してたけど、押し切られたな」
「色々と絡め手をつかったアビリティも、武志は使ってきてたぞ。あれは厄介だな……」
「あー……あっちの湾曲剣スキル持ちも負けてるぞ」
「あいつ序盤に、詠唱の短い魔法何発か放ってたけど、避けられてたよな」
「やっかいだな……素早くて、物理攻撃力も魔法攻撃力にも優れてるか」
「遠距離攻撃で一方的に攻めきればいけそうだけど」
「一対一って条件じゃな……武志のあの身軽さじゃ、魔術師系のスキル持ちは、詠唱までの時間に距離を詰められて、切り捨てられるのがオチか……」
「戦闘前に支援魔法かけ放題で、この有様か……」
口々に傭兵たちは武志の攻略ポイントをあーでもない、こーでもないと言い合っている。
「次ぃ! 手合わせをご所望される武人はおられるかです」
妙に威圧感のある口ぶりで、次のエントリー者を促す武志たち。
それに答えたのは、これまた妙に自信たっぷりな態度の、立派なローブを着込んだ若者だった。
「フハハハッ! 多少はできるようだが……美形どころがいくら寄せ集まろうが、所詮は井の中の蛙。この眠らずの魔導師グレン様が田舎侍どもに、真の戦いの美しさとは何かを教えてあげよう!」
ん、どこかで見覚えのある赤髪少年が前に出たなーと思えば、アレは『百鬼夜行』の団長グレンくんじゃないか。
「団長だけにいいところを持ってはいかせませんよ」
「俺の矛先が武志を貫くっ」
彼に続くように模擬戦エリアに進み出たのは、いつかのPvPで戦い合った、長剣くんと槍くんだった。あの長剣くんに横薙ぎの一撃でキルされたのは懐かしい。
「でたぞ、廃人のガキどもだ……」
「百鬼夜行か」
「さっきの奴らよりは期待できるが、グレンの奴、大丈夫なのか? 一対一だぞ?」
「あいつな、なぜか詠唱から魔法発動までの時間が短いから、案外いけそうな感じはするぞ」
「ちぃ、便利な称号持ちはずりいよな」
「でも、この中じゃ実力が一つ抜きん出てるのは間違いない連中だ」
「『門下生』を倒せるかもしれないな」
お、グレン君たちはなんだか期待されてるようだ。
「其の方、人間の傭兵とやらの胆力、しかと和ノ国の『武志』が見極めるでござるです」
グレン君と相対する武志を見ていて気付いたのだけど、社にいるエルフたちの空気は、ややピリピリとしている。この腕試し大会とやらは、もしかすると人間の勢力、戦力を分析するための敵情視察っぽい感じもした。
「見極めるとは上から目線な。野蛮な貴様らに戦いの優雅さを、このボクがっ! 教えてあげよう」
そう啖呵を切って、グレン君たちの戦いが幕を開けた。
◇
「……百鬼夜行でもダメなのかよ」
結果的に言うと、グレンくんたちは敗北した。
長剣くん、瞬発力のある移動法アビリティで武志を多角的に攻め込んではいた。なおかつ重い一撃を放っていたので、エルフは受けに徹するしかないと、分析している誰もが思っていた。
しかし、そんな予測はあっさりと裏切られる。
何合か剣と刀がぶつかりあったかと思えば、武志が刀で剣撃を受ける際に、上手に刀身を斜めにずらし、長剣くんの攻撃を滑らせたのだ。
そこで勢い余った長剣くんは剣に引っ張られるように体勢を前のめりに崩してしまい、その隙を突くように超速で刀が閃き続け、あっけなくHPを削りきられてしまった。
「長剣は連撃に対して受けに回るとな……小回りが利かないから、反撃しづらくなるよな」
「武志の奴、結界魔法とかいうスキルすら使ってなかったな……」
「武志の野郎、なめやがって」
槍くんの戦いも短いものだった。
確かにリーチの長い分、槍スキルは有利だった。それも、その矛先が身体を捉えることができればの話である。一突き二突き三突きと、華麗に槍アビリティを駆使するものの、その攻撃は軽く刀で横へと流されていった。その都度、武志は槍くんへと距離を縮めていき……槍くん自身も、見事な動きでエルフの接近を許すまいと立ち位置を変えたり、後方へと下がったりしていたけど、次第にジリ貧になって切り倒された。
「技量の差を見せつけられた一戦だったな……」
「あいつが決して弱いわけじゃない、武志の奴が一枚も二枚も上手だったってだけか」
「こんちきしょう、武志の野郎め!」
どうでもいいけど、やっぱりタケシって名前みたいだよね。タケシ。
なんでブシって読まないのかが、不思議だ。
それはそうと、グレン君はやっぱり団長だけあって、かなりタケシさん相手に善戦した。
まずは手数で攻めようとしたのか、炎球をいくつもタケシさんへと飛ばすグレンくん。その全てを俊敏な動きでかわし、接近を果たそうとしたタケシさん。しかしタケシさんの足元から、突如として炎柱が立ち上ったのだ。規模はそんな大きくはなく、電信柱ぐらいの太さのモノが三本、高さは2メートル程といったものだが、この攻撃が初めてタケシさんにダメージを与えたのは確かだった。
『かかったな、雑兵が! 我が炎の領域に足を踏み入れたが最後! その魂ごと焼き尽くしてやろう』
と声高に宣言していたところ、トラップ系の赤魔法を事前に発動させていたのだろう。
さらにグレンくんは相手を追い詰めるべく、大規模な炎の弾幕を物凄い発動速度でもって撃ち続けた。自分は少しでも距離を稼げるように、後方へと移動しながらだ。
これには堪らず、タケシさんも精霊の力を借りずにはいられなかったようで、刀を持たない左手を前に掲げ、小さな風のバリアか何かで火球の軌道を逸らしていた。だが、どこに炎柱のトラップが仕掛けられているのか、判別のつかないタケシくんは苦戦を強いられていたのは間違いない。
だから、グレンくんが点から、面制圧の魔法攻撃に切り替えた時、誰もが勝敗は決まったと確信した。さすがはグレン君なだけあって、火球という点での攻撃の対処にばかり追われていたタケシさんの不意を突くようなタイミングで、うねる波のような炎を流し込んだのだ。
タケシさんを飲み尽くさんばかりの炎たちは、しかし。
十字に切り裂かれたのだ。
『な、ボクの炎を切っただと!?』
グレンくんの動揺は、会場にいたみんなも同じだった。
「魔法スキルを切った?」
「おいおい、武志の奴、あんなのありかよ」
「武志の野郎、調子に乗りやがって!」
しかも、修練場の床にグレンくんのトラップが仕掛けてあるのを見切ったのか、ホップステップジャンプの要領で、空中に見えない風の足場を即席でいくつか作り、グレンくんの眼前に迫ったのだ。
グレンくんも何とか迎撃しようと炎を纏った杖を振るったが、刀で受け流され、あえなく撃沈した。
「……じゃあ、いってくるね。ミナ、ジョージ」
「がんばってください、天士さま」
「無理しちゃだめよぉン」
というわけで、次は俺の番だった。
グレンくんたちのおかげで、ある程度タケシさんの手の内は知れたけど、どこまで応戦できるか、正直なところわからない。
「あいつらでも惨敗かぁー」
「まだ『門下生』なんだろ? これより強い『師範代』とか『師範』なんて引きずり出せるのか?」
「もう、しばらく次の傭兵たちには期待できねーなぁー」
グレン君たちの戦闘を夢中になって観戦していた傭兵たちの横を通り過ぎる。
「おい、まて……次はあの子が出るっぽいぞ」
「あぁ? どうせ誰が出ても負け……ってあの銀髪の子……可愛いな!?」
「お、おう」
「なんだ、あの髪の毛……キラキラと青い粒みたいのが光ってないか?」
「ふつくしい……」
おっと、称号を切り替えるのを忘れてた。
戦闘を分析してるギャラリーがいるから緊張しているのかもしれない。
野次馬がいるのは、居心地が悪いけれどこれは助かった。
スキルポイント3倍取得を可能とする【老練たる魔女】から【先陣を切る反逆者】へとセットし直す。
【老練たる魔女】の証である、髪の毛きらりん効果はなりを潜め、代わりに自分よりレベルの高い者に対して、全与ダメージを20%増加させる恩恵を手に入れる。
「あれ、なんか雰囲気が変わったな、あの子」
「やんわり煌めき革命から……身を切るような静謐な空気……」
「臨戦体勢に入ったってわけか」
「でも可愛いな。一体、誰なんだ?」
「おれ、あの子、知ってるぞ……。天使ちゃんって呼ばれてる少女で、一部では有名な傭兵だ」
「なんだ、お前、ロリコンだったのか?」
さて。
いよいよ俺の番だ。
すばやく装備をミソラさんからもらった、水色のサマードレス『空踊る円舞曲』に切り替える。
恥ずかしいなどと言って、歴戦の傭兵たちを破った相手に手抜きなんかする余裕があるはずがない。
軽く右足でステップを踏み、フワッと浮きたつ。
重力を六分の一に軽減する感覚を確かめた後、俺は模擬戦エリアへと降り立った。
会場が妙にざわついているが、関係ない。
俺の対戦相手が、すり足で前に出てきたのだ。
「拙者がお相手つかまつるでござるです」
凄まじく冷めた目を向けてくるタケシさんに対し、俺も負けじと見つめ返す。そのまま視線は外さず、スキル『風妖精の友訊』を発動する。
「『友訊』たる我が願いを聞き遂げよ……」
一陣の風が俺の右手に宿り、それは色づき始める。
「美しき風乙女よ……おいで!」
俺の掛け声に応じて、緑色の奔流が集束し、やがて一人の小さく可憐な乙女が姿を現した。
「たろりんー? やっふぃー♪」
戦闘前に支援魔法をかけ放題と聞いていたので、フゥを召喚しておくのは当たり前だ。
「やっふぃー、フゥ」
「あれれー? ここは何だか風が元気ぃー!」
「そうなんだ……ねぇフゥ、その元気いっぱいな気持ち、俺と一緒に爆発させよう?」
「もっちのろーんっ♪」
そして、この戦いではアイテムを消費しても、HPが0になっても元に戻るというならば。
フゥがキルされたり、ホムンクルスたちが壊されて失う心配もない。それに、ジョージとの商品開発の副産物で偶然作れた、所持数の少ない新アイテムも惜しみなく使える。
思いっきりやれるし、実戦データも取れるのだ。
「錬金術士として……武志さんには悪いけど、利用させてもらうよ」
不敵な笑みとともに、俺は模擬戦相手を見つめる。
そのまま右手で姉からもらった唯一の近接武器、『小太刀・諌めの宵』を握り、左手で『太陽に焦がれる偽魂』がニ匹はいっている『生命を宿す種火入れ』を掲げる。
親指でピンッと上部のフタを弾き、ホムンクルスたちに語りかける。
「イガイガになって……戦うよ」
風乙女のフゥ、それに太陽光を纏うホムンクルスがニ匹、俺の周囲を舞う。
「あれが妖精……銀髪天使ちゃんの噂は本当だったのか」
「というか、あの二つの眩しい光はなんだ?」
「なんかすげーの従えてそうだな……」
観戦していた傭兵たちが、またも騒がしくなったけど、今は目の前の武志に集中だ。
「ほう? お主も剣客の端くれ……いや、卵であったでござるですか」
エルフはそう言って、低く腰を落とした。
「剣客? 違うよ、錬金術士だ」
俺の訂正に武志は興味なさそう呟く。
「涼やかなる音、盤石の切理が如し――」
そして、刀の柄に右手を添え、いよいよ抜刀の構えを取った。
「『剣疾風鈴流』、『門下生』がピピルぺ、いざ参るでござるです」
望むところだ。
「いくよ、フゥ! イガイガきょうだい!」
錬金術を侮ってはいけないぞ。
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