108話 結精刀術
「武志さん、これ割符です。どうぞ」
夕輝がアイテムストレージから木札を取り出し、ソレをエルフさんに手渡す。すると武志は、同じような木札を手にして、夕輝から受け取った木札に繋ぎ合せた。どうやら木札には絵柄が描かれており、2枚の木札を合わせることで絵が完成するようだ。
「うむ、うぬらは『風の社』で『屋台』を出す『百騎夜行』殿で間違いないでござるです」
エルフの武士さんは、木札に描かれた大樹の絵を確認して、大仰に頷いた。
「生涯の友にして、戦陣の要石よ――拙者の刃となりて、いざ道を切り開かん」
そんな文言を吐きつつ、エルフさんは両脚を開いた。
次に腰を深く落とし、左手を鞘に、右手を柄に添え、居合の構えを取り出したのだ。すると、彼の声に応えたのか、ふよふよと漂っていた精霊と呼ばれる白球が、彼の腰に差さっている刀へ、同化していった。
「結界魔法……『断空・流水ノ太刀』」
白く輝く刃が、一瞬で腰の鞘から抜き放たれたかと思えば、目にも止まらぬ速さで刀は振るわれた。
何閃かの太刀筋が青い輝きと共に空間に残留し、それは正方形の跡をくっきりと残した。
「水の流れに反することなかれ……万殿、流れよ、此方の社へ」
何もない空間を切ったエルフ武志は、チィンと刀を鞘に収めた。
と、気付いたのも束の間、その空間がまるで本のページをめくるようにペロリと剥がれ落ちた。
そしてめくられた先の空間には――
屋台の並ぶ、お祭りの会場が広がっていた。
「ささっ、入られよ、『百騎夜行』のみなのしゅう。今宵は拙者らが歓待いたすでござるです」
スッと道を空ける様に横にずれ、涼しい笑顔で和ノ国の武志は先へと促してきた。
「……エルフざむらい、かっこいい」
思わずポツリと呟いてしまう。
俺の意見にはみんなも同じようだった。
「これが結界魔法……」
「すごいな……」
「あんなのできたら、すごいです」
「驚嘆でありんすね」
「スキルとして実装されてるのかしらぁん?」
「どのようにして、取得できるか気になりますわね」
「部隊規模での即時進軍と移動……戦術的に大きな変革をもたらすであります!」
それぞれがエルフ武志に感心しつつも、祭り場へと繋がる空間へと移動しようとする。
「其の方、あいや待たれよでござるです」
俺も例に漏れず、みんなと一緒にお祭り場への一歩を踏み出そうとした時、エルフから声を不意にかけられた。
「銀の異邦人の童女でござるですよ」
「ん、もしかして、おれ?」
「左様でござるです。其の方からは、妖精との縁を感じるでござるです」
妖精……風乙女のフゥの事かな?
「あ、はい。フゥは友達です」
「妖精は精霊の童心でござるです」
「え?」
「妖精は精霊の源でござるです。妖精は長い年月をかけ、成長し、自然と一体化してゆけば、おのずとその力は増していくでござるです。さすれば、精霊へと進化するでござるです……」
「妖精は精霊の子供、ですか……」
すごい貴重な情報を突然に投げかけられ、困惑してしまう。それでも聞き逃すまいと、しっかりとエルフの言葉に集中しておく。
「されど、妖精の自我は薄れていくでござるです。つまり、人格や個性が失われていくでござるです」
うーん……自然と一体化し、多くのモノと精神を共通させるからだろうか?
「稀に自我を残したまま、強大な力を誇る妖精もおるでござるです。そういった存在を、妖精王や妖精女王と申すでござるです」
「なるほど……」
「其の方、妖精との縁を大事にされるでござるですよ。やがて精霊になる日が来るやもしれぬでござるです」
にこりと笑うエルフに、俺はもちろんですと頷く。
「おい、タロ。何を一人でブツブツ言ってるんだ?」
「ほらーさっさと行くよ?」
既にあっちの空間へと移動を終えた、晃夜と夕輝がこちらに顔を覗かせるように急かしてくる。
「……失刀・風ノ囁メキ言・終縁」
またもや、キィンと刀身が鞘に収まる音が鳴り響く。
いつの間に、エルフさんは刀を抜いていたのだろうか。
そこで俺はみんなの反応を見て、もしかしたら、みんなにはエルフさんの声が聞こえていなかったのかもしれないと気付く。
「なれば、其の方も拙者のような『精霊』との縁で発動させる『結界魔法』と『刀術』の複合刀法、『結精刀術』が体得できるやもしれぬでござるです」
「しょ、精進します」
「それと、その知力……剣を理解するに値する高みまで、磨き続けるでござるですよ」
「!」
刀スキルの取得条件は、知力が大きく関わってるのか!?
だとしたら、これはすごい朗報だ……ステータスの知力が影響するのは、錬金術スキルの成功率だけではなかったのだ!
ついに、俺にも近接系スキルの習得という明るい未来が見えてきた!
「では、達者でのぅでござるです」
「あ、はいっ」
トンッと背中を押され、俺はぺろりとめくれた空間の奥へと飛び込んだ。
振り向けば、そこは既に『コムギ村』の景色はなかった。
「うわ、なにここ!?」
空間の扉は閉じ、その向こうに『風の社』が建っていた。
地面もなにもない場所に、浮いているかのように。
◇
イベントの会場内は、現実の夜七時とは違い、まだ陽が残っていた。
太陽の傾き加減から見るに、ちょうど夕方手前あたりだろう。
そんな日の下に照らされた明るい祭り会場は、今や傭兵たちのどよめきで満ち溢れていた。
「俺達、浮いてるのか?」
「地面が透明? いや、でもこのふわっとした感じ、地面じゃない?」
「風の社……風が俺達を空中浮遊させてるのか!?」
高度30メートル前後。
眼下には緑豊かな木々や草原が見える。
俺たちはまさしく、その上空にいるのだ。
さらに、空中散歩をしているのは何も傭兵たちだけじゃない。
「社ってわりにぃん、寺院っぽくないわねぇん」
「なんだか、落ち着かないです」
まず、『風の社』と呼ばれる古風な木造建築物も浮いている。
お寺っていうより、道場っぽい感じの日本の家屋だ。
ぜひとも入って中を覗いてみたい。
そんな建物から石畳で作られた道が伸びていて、鳥居らしき門を過ぎた辺りから、石畳が次第に一段一段と下がっていき、本当の地面へと近づいているのだけど……その石床の一枚一枚も宙に浮いている。そんな石道を挟むように、両脇に設置された屋台もぷかぷかしている。一応、石畳以外の高度は、どれも均衡を保たれてはいるようだけど、微妙な差異があり、これがまた自分たちと建物、物体ごと浮かされていると意識させられるのだ。
「あの三つの小山はなんでありんすか」
「おそらく『火の社』『水の社』『土の社』だろうな」
「武志さんが言うには、『屋台』を設置する場所は四つの社の近辺と言ってたよ。つまり、その四つの社が、火、水、風、土で分けられているのだろうね。ボクたちの抽選の結果、『風の社』にふりわけられたって事だね」
アンノウンさんの疑問に、晃夜と夕輝がすらすらと答える。
ちょうど俺達が浮遊している場所と同じぐらいの高さの小山が、ここから三つ見えるのだ。
あそこも非常に興味深い。
「火の社は、なにあれっ! 火の山だね!」
「木がメラメラと燃えてるねー。それとも炎そのものだったりして? 建物にも火がついてるみたいだけど大丈夫なのかなぁ」
「水の社は、ぶにぶにっとスライムみたいな水? の山だね!」
「ウォーターベッドみたいな感じなのかなぁー。木も水色でうにょらーってゼリーみたい……あれー? 川なのかなぁ、真ん中にある湖に水が流れて行ってるねー」
「土の社は、んんっ? なんだか普通の山頂に、普通の屋台が並んでる!」
「きっと、奥ゆかしい日本のお祭りを、普通に楽しみたい人向けのエリアなのかもねー」
ゆらちーとシズクちゃんが各社の特色について、あれこれ感想を述べている。
ちょうど東西南北の位置に風、土、水、火の社が建てられた小山があり、四つの山々のちょうど中央に位置する場所に大きな湖が存在している。どうやら、山々が湖をぐるりと囲むようにそびえ立ち、さらに水の社から湧き出た川水が、そのまま湖へと流れ込んでいるようだった。
「早い話、それぞれ社の特性を持った小山。それが夏祭りの会場か」
「風の社だけ見えない山、風力が土台になってると」
「これは有利かもな、ユウ」
「そうだね、コウ」
「商売は目立ってナンボでありんすからね」
「『屋台』の立地条件は最高級ですわね。私にふさわしい経営場所ですわ」
うーん。
いろいろと見て回りたい。
「とは言ってもな……この状態じゃ、しばらくは商売どころじゃないって雰囲気か?」
「そうだねぇ……みんなイベントエリアの散策に夢中になってるよね」
「というわけで、タロ。お前、散策したいんだろ?」
「うっ」
晃夜の指摘はまさに図星で、見事に俺の内心を突いていた。
「いや、べつに……」
しかしここで、はいそうです。なんて言えない。
みんな商戦のために、今日は気合いを入れてきたんだ。
俺だけ遊ぶわけにはいかないのだ。
「タロ、風の社エリアだけでも様子を見て来てくれない? お客様と共通の話題を出して、いい接客ができるように情報を仕入れてきてよ。さすがに火や水、土の社まで全部回られたらけっこうな時間がかかりそうだから、この近辺だけでもお願いできないかな?」
なんとも魅力的な提案だ……晃夜と夕輝はただ俺に気を使って提案しているだけなのだろうけど……ちょっぴり子供扱いされた気分にもなった。
「や……でもさ」
「いーじゃん、いーじゃんっ! タロちゃんは、見てきなよ」
「屋台の準備は私達に任せてー」
「お子様のタロさんに、我慢は禁物ですことよ?」
「タロ氏の洞察力や着眼点なら、面白い発見やお土産話を持ってきてくれそうでありんすね」
「閣下はおくつろぎください! 我々が陳列任務を完遂致します!」
「今さっき試してみたんだけどさ、攻撃系のアビリティは発動しないみたい。だから心配はないと思うよ?」
「早い話が、このエリアじゃPvPには発展しないってわけだ」
「じゃあ、天士さまっ! 風妖精のフゥちゃんも、この辺りなら喜びそうなスポットがたくさんありそうですし! ちょっとお祭りを見に行きませんか?」
「あらぁん、じゃあ天使ちゅわんの付き添いわぁん、あちきと神官ちゅわんで決まりねぇん」
口をそろえて全員が夕輝の提案に賛成してしまったので、俺は遠慮の断りを入れる機を失ってしまった。みんなして、俺を甘やかし過ぎじゃないだろうか?
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えてっ」
◇
「やっぱ、不思議な感じだ。浮いてるようで浮いてないこの感覚っ!」
社の境内は屋台が立ち浮かび、それなりの数の人々が興奮気味に行き交っていた。また、鳥居をまたいだ所から、下へと続く浮遊する石床によって作られた階段を上り下りする傭兵たちも、けっこうな人数がひしめきあっている。
「山、というだけあって、木みたいなモノもあるのかっ!」
屋台や階段がある場所以外は、木々のようなモノに囲まれている。
「天士さま! 石床から離れて大丈夫なの……ですね」
「二人ともぉン、あんまり離れないようにねぇん。この人ごみだから、はぐれちゃったら大変よぉン」
「はいよ、ジョージ。というか、これ見て! かわった木だ!」
緑の色がついた、風? が小さな竜巻のように螺旋状に吹き回り、木を象った形状をしていた。これは『風の木』とでも呼べばいいのだろうか?
なんとなく興味本位で試しに触れてみると――
「うわぁああぁ!?」
「天士さま!?」
「天使ちゅわん!?」
手が風に絡め取られるように吸い寄せられ、そのまま一気に『風の木』の軌道に強制的に乗せられた。
身体ごと巻き上げられたのだ。
「こ、これはっ」
視界がグルグルと回転するなか、俺は天高く、舞い上がった。
「わあああぁぁぁぁ……すごいなコレ」
上空へと勢いよく飛ばされた俺だが、降りは穏やかなものだった。
ゆっくりと、地面というか……人々が立っている『風の社』付近に降下していく。
「おい、今の可愛い子のジャンプ見たか?」
「なんか、あの木みたいなのに触ってなかったか?」
「ボクもやってみよ。なんだかおもしろそうだ!」
「おう、俺も試してみる」
俺の様子を見ていて、安全だと確信したのか、こぞって他の傭兵たちも『風の木』に触れて、次々と飛翔していく。
ジョージやミナも遅れて、『風の木』に触れたかと思えば、空高く舞い、俺の元へと落下してくる。
どうやら、『風の社』周辺に落ちるように風の流れが設定されているようだった。そして、なぜか知らないけど、社からは激しい怒号の声が聞こえてくる。
「ちょうどいいや。『風の社』を見ていこうかな」
「はいっ! 天士さまとお社見学です!」
「ちょっと、天使ちゅわぁん、先走りすぎないでねぇん?」