107話 和ノ国のエルフ
エルフ族といえば。
森と共生し、他の種族と関わる事を嫌い、自分達だけの独自の文化圏を持つ閉鎖的な種族。誇り高く、優れた魔力素養に恵まれ、スラっとした体躯に美形揃い。目尻が切れ込んでいる瞳に、長い耳が特徴的。
それが典型的なエルフのイメージだったけど、クラン・クランに出現したエルフは少し違った。
彼らが各都市や街、村に姿を現したのは、運営がイベント『夏祭り』を開催すると告知した数日後……つまり、ミソラさんが『妖精の包み灯籠』を傭兵に配った直後のことだった。
「なんだ、あれ……サムライか?」
エルフを初めて見かけた近くの傭兵はそう呟いていたけど、俺も同じような感想を抱いた。
肉体的特徴しては、イメージ通りの容貌だ。
細身で手足が長く、美しい造形の顔立ちをしており、薄緑色の長髪を煌びやかに流す姿は落ち着きのある風情を醸し出していた。ちなみに頭髪はちょんまげではなく、後ろ髪を頭頂部で緩く結び、結い上げている感じだ。その凛とした佇まいで、深緑宝石色の瞳に見つめられようものなら、女性から黄色い声が上がるだろう。
「……あの細い鞘…刀? おい、刀さしてるぞ、あいつ!」
「なんか耳が長くないか?」
「でも、あれってエルフだろ」
「なんだ? あの、白い光の玉みたいなのは……」
そう、エルフ達は着物と羽織を身に付け、腰に刀を差していたのだ。さらに、彼の周囲をクルクルと旋回するように、ぼんやりと発光する白球が浮いている。
そんな正体不明のNPC? に躊躇なく話しかけたのは、我らが男漁りに燃えていたオカマ、ジョージだった。
「あっらぁぁああん? イ・イ・オ・ト・コ・ねぇん? アタシはジョージっていうのぉん。可憐な乙女よンッ。で、こっちが天使のタロちゅわんと、お付きの神官、ミナヅキちゃんよぉん」
「む、拙者は『和ノ国』より使者として参上つかまつった、『武志』でござるです」
わりと気さくな雰囲気でオカマに返答するエルフ。
タケシさんというのか……。
というか、なんだろう。語尾がチグハグだ。
サムライっぽいけど、中途半端に現代の敬語を使ってる違和感がすごい。
そこはタケシと申す、とかじゃないのか。もしくは、ござるだけでいい気がする。
まぁ見た目からして上品だから、丁寧な言葉遣いが入り混じっても別にそこまで気になるレベルじゃないけど、やっぱり少し気になった。
「武志さん、まぁ素敵な名前ねぇんっ♪」
「あ、いや、御免。『武志』とは、『和ノ国』において軍人を指す名称ござるです……武を志す者、という意が込められているでござります」
……タケシ、名前じゃないのか。
なんだか、もうそのまま武士でいいんじゃないかなと思った。
「あら、やだ、こちらこそ失礼な事をしちゃったわねぇん」
「や、拙者の説明不足でござるです」
うん、口調が気になる。
なまじ、爽やかな顔でヘンテコな喋り方だから余計に耳に付く。
「それでぇん、『和ノ国』の使者さんが、どうしてここにぃん?」
「うむ、うぬら人間達……傭兵という職種が活発に動き始めたと『和ノ国』の忍より報告が入ったでござるです。そこで拙者ら『武志』が、実際に接触し、交流も兼ねて視察にきたという次第にござります」
「なるほぉどねぇん、具体的にどんな事をするのかしらぁん?」
したり顔で納得するジョージに、エルフの武志は流暢に説明してくれた。
「拙者たちの盟友でもある『精霊』たちに、『和ノ国』の長老たちがそろそろ『鎖国』をしているべきではないと、進言されたでござるです。故に、お互いを知り合う機会として、何か催し事を開催してみては、という流れに行き着いたのでござるです」
「催し事ぉん? それはどこでヤるのぉ?」
「むむ、拙者たちの結界魔法で、『祭り社』を創ったでござるです。そちらで催す予定でござるです」
「そういうことぉん。つまりぃん、イベント期間限定のエリアを追加実装したってことねぇん。で、エルフのタケシちゃんを通じて、『夏祭り』専用のイベントエリアへ移動するのかしらぁん」
なるほど。
『夏祭り』に関わっているNPCってわけか。
「運営もやるなぁ」
「ただのイベント用のNPCか」
「でもよ、あの見た目だ。もしかして新スキル『武士』とかの実装があるかもしれないぜ?」
「スキル『刀』とか!?」
「いや、もう既に存在するけど、まだ誰も発現条件をクリアしてないだけかもしれないぞ」
「クラン・クランならありえるな」
「和ノ国とエルフか……どこにあるんだろうな?」
「そもそも未踏破エリアは、まだまだかなりあるからな……」
「それよりあの羽織、かっこいいな。着物類は裁縫職人共しか作りだせないから値が張るんだよなぁ」
「でも。夏祭りだしよ。浴衣で行くっていうのもいいな」
「和装かぁ……」
などと、ざわめきたつ周囲の傭兵たち。
ジョージの存在のせいか、遠巻きで様子見をしていた彼らも、やはり堪え切れなかったのか、次々にエルフへ質問を浴びせていった。
「『和ノ国』ってのはどこにあるんだ?」
「む、遥か東の先、沈んだ大地にあるでござるです」
「その周りをちょろちょろしてる白い光はなに?」
「うむ、拙者の契約精霊でござるです」
「精霊を行使できるのか?」
「むむ、見ての通りでござるです。拙者たちは、友である精霊たちの力を借りて、沈んだ大地を生き延びているでござるです」
「おれたちにも精霊は使えるのか!?」
「むむ、修練を積めばあるいは、でござるなです」
「刀はまだ発見されてないんだが、お前が腰に差してる武器って刀だよな?」
「やや、左様でござったですか。其の方が申す通りでござるです。腕力が他種族よりもない故、こうして技術と研鑚を重ね、刃として真価を発揮するカタナを主武器としているのでござるです」
とまぁ、質疑応答はかなり盛り上がっていった。
ちなみに俺の見たエルフの身長は、成人男性にしてはあまり高くなく、170cm以下のように思えた。後から確認した情報だけど、各町や村、都市に現れたエルフ達の体格は、人間の成人男性と比べたら、どれも小さめだったようだ
「刀を使ってみたいんだが、どうやったら習得できるんだ?」
「やや、力より刃を滑らす技量に重きをおいた武器ゆえ……たゆまぬ努力でござるです」
「「おー」」
と、刀スキルの話題を傭兵たちが振ったところで、エルフ武志が俺の方を見た。
「む、其の方、刀を扱う才能がおありのようでござるです」
「え?」
なぜか俺だけエルフに認められた。
全くもって謎だ。剣を扱う技術なんて全くこれっぽちもないのに。
「おい……あの子って噂の銀髪天使ちゃんだよな」
「誰が、行く?」
「お、おまえ、いけよ」
「いや、すごく話しかけたいけどよ……鉄血いるじゃん」
「これは、チャンスだぞ、仲良くなれるチャンスだ」
「お、おれが、おれがいく!」
なんだかゴニョゴニョとこちらを見ながら囁き合う傭兵たち。
もちろん、あんな反応をNPCからされれば、傭兵たちから質問攻めに合うのは俺の番だった。だが、そこはジョージが俺の横でニコニコしていたので、そうはならなかった。
「そこの武志ちゃんから、いくらでも情報を引きだすのは構わないけれどぉん……フレンドや既知の間柄ならいざ知らずぅん、傭兵間での有益な情報はそれなりの対価を必要とするのが一般的よねぇん。お金とかぁん、アイテムとかぁん」
ゴキリと首を傾け、肩を鳴らす色黒オカマ。
「まさかん♪ ヴァナタ達ィ……こぉーんな可愛くて小さな子相手なら、とぉーっても貴重な刀スキルの情報を聞き出すなんてぇ、チョ・ロ・イ、とか思ってたら血反吐「ジョージ、もういいよ。ありがとう」
不穏な空気が漂い始めたのだ、俺はさっさと撤退する事にした。
「すみません。刀スキルって言っても、そんなスキルは体得してないし、エルフさんにどうして、あんなことを言われたのかもわからないです」
刀が使用できる心当たりがなさすぎて、彼らの期待には応えられなそうだった。なのでそれを素直に伝える。
「あっいや、別に俺達はっ……」
少し失礼な対応だったかもしれない、と後ろ髪を引かれる思いもあったけど、俺はそそくさとその場を後にした。
◇
そんなエルフの到来から一日後。
:イベント『夏祭り』が開催されます:
:イベント会場への移動方法は、各町にいるエルフ族に話しかけるだけです:
ついに夏祭り開催の告知ログが流れた。
ぴったり午後七時。運営が通達していた通りの時間だ。
「いよいよだ」
商売合戦の時がきた。
ジョージと俺、ミナの案で開発した商品が火を吹くぜ。と、息巻いているところにミナがピトリと身を寄せてくる。
「いよいよですねっ!」
ミナもテンションが高めなのか、いつもよりスキンシップが激しい。
「おっし、気合い入れてくぞ」
「みんな、準備は万端だね?」
晃夜と夕輝もやる気満々だ。
「ふふふ、服のことなら任しんす。銭の匂いがしりんすよ」
「うふぅん♪ あちきと天使ちゅわんの目玉商品にホ・ネ・ヌ・キよぉん!」
頼もしい生産職のアンノウンさんとジョージも、生粋の商売人のように目が怪しい光を帯びている。ジョージに関しては、きっといいオトコを探すって意味も含まれているのだろう。
「さぁーっ、いっちょがんばるよーっ!」
「がんばろうね、みんなぁー」
百騎夜行の女性陣、ゆらちーとシズクちゃんの黄色い歓声が上がる。
彼女たちには売り子として、思う存分活躍してもらわねば。
「小官は突撃準備、完了であります!」
「ちょっと貴方、存在が暑苦しいですわよ?」
ビシっと敬礼を決めるRF4-youに、ピシャリと冷淡なダメ出しをするリリィさん。
総勢9名からなる『屋台』メンバーは、傭兵人口が少ない『コムギ村』に、イベント開始時間きっかりに集合していたのだ。
「盛大な? 夏祭りは五回しかされないんだよね? 始めが肝心ね!」
ゆらちーの言う通り、夏祭りは五回しか行われないらしい。
正確にはイベントの『夏祭り』自体は二週間、行われ続けるそうなのだが、花火が打ちあがるなどのデモンストレーションがある日は5日間だけらしい。
俺達はその初日、イベントが開催される瞬間を狙って待機していたのだ。
イベントは初日が一番盛り上がる。つまりは『屋台』を出す俺達にとっては、一番稼ぎ時なわけだ。
そんなわけで、夏休みである事を武器に、廃人のようなスタンスで誰よりも早く『夏祭り』のスタートダッシュを切れるように、エルフ武志の眼前で待ち構えていたのだ。
ちなみに『屋台』の出店権は、事前に夕輝と晃夜がエルフさんを通じて取得しているので問題ない。
出店場所は抽選で決まるそうなのだが、俺達の『屋台』は『風の社』という場所に設置されているらしい。
「サクッとイベントエリアにワープしようぜ」
「じゃあ、エルフに話かけるよ」
晃夜と夕輝が『コムギ村』の入り口に立つエルフさんへ、一歩踏み出す。
お祭りが行われるエリアとは、どんな所なのだろうか。
俺達の商品を、傭兵たちへしっかり売りさばく事ができるだろうか。
期待と不安で高鳴る胸を、軽く押さえる。
「……がんばるぞ」
さぁ、ここから、俺達の商戦が始まる。