102話 メイド予備軍の集結
『陽精を宿す種火入れ』や『閃光石』の作成に、たくさんの太陽系統の色を消費した俺は、再びコムギ村で光の採取を行った。
「相変わらず、タフ・スライムは出現し続けてるのか」
「そうですね。イネ村みたいにボロボロにならなければいいのですが……」
錬金キット『ゾディアークの望遠鏡』に微調整を入れつつ、タフ・スライムの集団と剣を交える傭兵たちを横目に俺とミナは呑気に麦畑を眺めていた。
「いい経験値稼ぎとしての穴場にはなってるけど、戦ってる人たちには頑張ってほしいなぁ……小麦畑が削られれば、それだけ色を採取できる量が減っちゃうから」
「クラン・クランって街や村にまで変化があるなんて驚きですよね」
「たしかに。普通のゲームじゃ、あそこまで反映されないよなぁ」
タフ・スライムの大量出現の発見が遅れたイネ村は、スライム達に荒らされてしまい、以前の姿とは程遠い景観へと変化していたのだ。村人たちの様子も、のどかな雰囲気が一変して憔悴しきっていた。
このゲームはゲーム内での変化が色んなものに作用する。
フィールドやダンジョン、NPCに街や村。
そして、現実にすら、という疑惑……。
「よし、たくさん取れた。そろそろみんなとの集合場所に行こうか、ミナ」
嫌な予感を振り払うように、俺はミナへと声をかける。
「はい、天士さま」
屈託のない明るい返事に、一瞬だけ乱れた俺の心はすぐに落ち着きを取り戻していった。
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やってきたのは賢者ミソラさんとデートをした時にお世話になった、食事処『気ままな雲の流れ亭』だ。
というのも、夕輝と晃夜に『屋台』を出そうと持ちかけられた後、俺は一応同じメイド服を手に入れたミナやリリィさん、アンノウンさんにも、良かったら夏祭りのイベントで一緒に『屋台』を切り盛りしてみないかと誘ってみたのだ。
『天士さまと夏祭り、屋台っ! ぜひ!』
『仕方ないですわね、一緒にしてあげますわ』
『はらはら、げにおもしろきお誘いでありんすね。タロ氏とは業務提携をしてみたいと常々思案してたでありんす。喜んでお受けしましょう』
と、三人からは色良い返事をもらったので、今から何を売るか、食事をしながら互いの意見を出し合おうという約束になっていた。
一人より二人、二人より三人。
『赤信号、みんなで渡れば怖くない』という心情の下、少しでも自分がメイド服を着た時にかかる心理的圧迫を軽減するためにメイド勢を集めてしまった。
ちなみに、夕輝と晃夜には事前に了承は取ってある。
「ほっほーいらっしゃい……って、銀の嬢ちゃんかぃ。おっ? お付きの神官ちゃんも、来てくれてありがとうよ」
「ニュウドウさん、こんにちはー」
「店主さん、こんにちはです」
ここの主であるニュウドウさんと軽く挨拶を交わす。
「ニュウドウさん、今日はもうすぐ三人のフレンドが来るから、広めのシート席の方に座ってもいいですか?」
「おうよぉ! 繁盛繁盛ぉありがていこった! じゃあ、今日もサービスしねぇとなぁ」
店主の許可も得られたので、俺とミナはシート席へと腰掛ける。
チラッとメニュー表を見れば、おお!
新メニューがいくつか追加されていた。
【入道雲の大盛り丼・80エソ】
【とろりん雪雲プリン・30エソ】
【本日のお勧めメニュー】
【やみつきモクっとラーメン+とろりん雪雲プリン・100エソ】
俺は本日のお勧めメニューに決めた。
ラーメンも前から気になっていたし、新商品であるプリンもぜひ食べてみたい。
みんなが来たら、頼もう。
「あいよっ、サービスでぃ」
「いつも、ありがとです」
「ありがとうございます」
ニュウドウさんから、いつもの『曇りのち晴れジュース』を貰い受けた俺達は、灰色のジュースをストローで混ぜていき青空色へと変化させる。その後、チューチューとストローで吸い、炭酸の効いた爽やかな柑橘系の味を堪能していた。
「待たせてしまったかしら?」
「お待たせしたでしりんす」
しばらくすると、待ち人であるリリィさんとアンノウンさんが到着した。
残る最後の一人は遅くなると事前に連絡が来ていたので、俺は先にご飯を食べて話を進めようと促すことにする。
「いえいえ、来てくれてありがとうございます。さっそく、メニューから食べたいモノを注文して、『屋台』について話し合いましょう」
「意を得たり、ここの御品書を参考にするでありんすね?」
開口一番、既に作戦会議モードなアンノウンさん。さすがは店持ちを目指す裁縫職人である。
「あ、いえ。純粋にココのご飯は美味しいので」
だけど、正直に違うと言っておいた。
「おうおう、銀の嬢ちゃんは嬉しいことを言ってくれんねぇい。それに、今日はべっぴんさんばかりで俺りゃぁ嬉しすぎるねぇい! ほら、サービスでいっ」
「何かしら、この飲み物は………………うぅッ」
『曇りのち晴れジュース』を受け取り、灰色のままの状態で飲んだリリィさんのしかめっ面はけっこうツボだった。
――――
――――
なぜだろう。
メンツもほぼそろったし、ご飯もすごく美味しく、あとは作戦会議をするだけだったはずなのに。
「タロさんは、もう少し淑女としての嗜みが必要かと思いますわ。粗相が目立ちますの」
「無防備という観点では同意でありんすね」
話はあらぬ方向へと飛んでいた。
事の発端は俺のラーメンの食べ方だった。
ミナと仲良く【本日のお勧めメニュー】を頼んで、ズルズルズルッと、勢いよくモクッとコクのある雲が絡んだ麺を食していたら、『下品ですわ』とダメ出しをリリィさんからくらったのだ。
ラーメンは勢いよく食べてナンボだろうと思っていたのだけど、同士である隣のミナを見れば……蓮華に少しずつ麺とスープを乗せ、一口でパクリと食べていた。しかも味わい深そうに。あっちの方がスープと麺をより絡めて食べる事になるので、濃い味になるだろう。
そんな食べ方があったとは……無音食事法だ。
「いや、ラーメンはこうズルッといったほうが美味しいのかなーって……」
「食べ方の主義主張はそれぞれあると思いますので、一歩譲ってそれは自宅や人前につかないところでおやりになって。今は、他人の目もあるお店ですのよ?」
「え、はい、まぁ……」
「淑女として、食を楽しむ一時も、自分を美しく魅せる事を心掛けなさいな」
「へぇ」
俺の気のない返事に呆れたのか、リリィさんは自分の頼んだ『クモのパスタ』にフォークを絡めた。クルクルとフォークのみで綺麗に麺を巻き取っていき、そのまま流れるような動きで形の整った小ぶりなお口でパクリんこ。
一切の食べこぼしなく、上品な佇まいで一連の動作を決めた彼女は、最後に優雅な微笑みを添えた。
「本当に、美味しいですわ。店主さん」
リリィさんの背景に、美しい薔薇の花が何輪も咲いたかのような錯覚が見えてしまう程に、彼女は艶やかだった。
「おおおおうっっ、そ、そりゃあ、料理人冥利につきつきつきるってもんだってぃ」
ニュウドウさんの顔面は、薔薇よりも濃い朱に染まっていた。
「さぁ、さっきのが見本ですわ。洗練された動きに合わせ、更にとどめの笑顔ですの。あのタイミングですれば、浅慮な殿方なんてみんなイチコロですわ? 操れますことよ?」
さすがリリィさん、中学生にして男を手玉に取り、ダンジョン内で背後から一突きと定評のある傭兵だ。
彼女は美しかった。
男子だったら、あんな風に笑いかけられたら、誰だっていいなりだろう。
「リリィさんは、いつも男の人にそうしてるの?」
こんな美人さんに、こんな態度を取ってもらえるなんて幸せ者だなぁ。たとえ後ろから一突きにされたとしても。
そんな内心が顔に出ていたのか、リリィさんは少し慌てた様子で答えてきた。
「ひ、必要とあれば、ですわ! 滅多にしませんことよ?」
「ウソですね」
「噂に聞きし内容とは、違うでありんすね」
リリィさんの言葉をバッサリと切り捨てていく、ミナとアンノウンさん。
「どっちにしろ、リリィさんみたいな子にそんなステキな笑顔を向けられた人は嬉しいだろうなぁ」
「た、タロさん、もしかして嫉妬ですの?」
妙に上機嫌で問い掛けてくるリリィさんに、ミナが激しく横槍を入れた。
「そんなこと、ありえませんです。そもそも、天士さまはそのままの天士さまで良いのです。無理にアナタの型にはめようとするのはやめてください」
「一理ありんすね」
「ですが、物事を円滑にするためにも笑顔は得策ですわ!」
「これもまた然り」
「無理にする必要はないのです。特に、あなたのようなわざとらしい顔はダメなのです」
「なんですって!?」
おうおう、なんだかミナとリリィさんの雲行きが怪しいな。
リリィさんの笑顔作戦は確かに有効かもしれないけど、俺は男を落とす女の子? になりたいわけじゃないし。女の武器? を使いたいわけでもないので、二人を止めに入るためにも自分の意見はハッキリと言うべきか。
「男の人に向けて、そういう笑顔はできないかも」
おれ、今はこんな姿だけど中身はれっきとした男だし。
ホモじゃないしさ。
ちょっと自嘲気味にそう呟き、『アドバイスしてくれた事には感謝してます』とリリィさんにはフォローも入れておく。
すると、なぜだろうか。
場がシーンっと静まり返った。
あれ、何かミスっただろうか?
「もしかして、タロさんは殿方と何か辛い経験でも……」
「これは、過去に酷い恋患いをしたでありんすね」
「天士さまの傷を抉るなんて、リリィさんはダメ女です」
「うるさいですわよっ」
「最低ですよ、リリィさんは」
「しかし、タロ氏程の美少女を袖に振る男児なる存在も気になるでありんすね。いかような人物だったのかや……」
「「!?」」
なんか、コソコソ小声で女子三人が寄り固まって密談し始めたと思ったら、ミナとリリィさんが硬直した。
というか、ミナはいつの間に向かい側の席に移動していたんだろうか。
「タロさんが恋した殿方……」
「それは……気になり、気がかりですね……また、その脳なし男子が近寄ってこないとも限りませんし」
「そ、そ、そうですわね! ここここ、ここはどんな人物だったのか問い質すべきでは!?」
「では、アナタがどうぞ。リリィさん」
「どうして、私がッ」
「レディの嗜みは重要だと言うからには、それはもう経験豊富なのですよね? 天士さまの繊細な恋心を聞くにはうってつけです」
「貴方こそ、タロさんの一番のフレンドって豪語してましたわよね? 一番のご友人なのであれば、恋の相談を誰よりも早く聞くべきではないかしら」
「タロ氏の周りの男児といえば、あの二人しかいないでありんすねぇ……」
「「!?」」
またもや、ミナとリリィさんが石のように静止している。さっきから、ごにょごにょと何を話しているのか非常に気になる。でも、こうもあからさまに女性だけで集合し、ヒソヒソ話をされると……女性ならではの禁域とでも呼べばいいのだろうか……非常に入りづらい。それに彼女たちにとって、俺が何か地雷を踏んでしまったのだろうかと思うと、迂闊に聞き出しづらい空気でもある。そもそも、ゲーム内でよく絡む相手だったから失念していたけど、よくよくこの状況を考え直してみれば、俺はものすごい事をしている。彼女いない歴=年齢の俺が、三人の美少女とご飯を食べているのだ。
いつもは冒険がてらだったから気にならなかった事も、こういう時になったら目に付く俺のダメ男っぷりが、発言か行動かはわからないけど露呈したのかもしれない……。
「今回もあの二人の頼みで『屋台』を一緒にすると、聞いているでありんす」
「コウさんと、ユウさんですか……」
「あの凛々しい殿方二人組ですわね……」
「では、リリィ氏。この場の全員を代表して、タロ氏の恋愛模様を聞いてみるでしりんすよ」
「代表ですか……まぁ、その言い方には引っかかりがありますが、お願いしますねリリィさん」
「もうっどうして私がっ……」
「では、追求はやめるでありんすね」
「「!?」」
またしても、ミナとリリィさんがビクンッと身体を揺らしたかと思えば、微動だにしなくなる。一体、アンノウンさんは二人に何を吹き込んでいるのだろうか? いや、あの中で一番冷静沈着なのはアンノウンさんだ。変に二人が過剰反応しているだけかもしれない。
それにしても、そろそろこの針のむしろ状態を打破できないだろうか。
チクチクと胃が痛くなってきた。
「タロ氏の色恋話をするのはやめでありんすね?」
「……」
「…………」
「リリィさんは、私たちの立派な代表です」
「代表とまで言われてしまったら、淑女として仕方ありませんわね」
ん?
どうやら、井戸端会議は終焉を迎えたようだ。ようやく三人は密談するのをやめてくれ、俺に向かい合ってきた。ミナも元の席に戻り、俺の隣へと腰を落ち着ける。
しかし、なんだか全員の表情が張り詰めているような気がして、少しだけ怖い。
「コホン。タロさん、先程は失礼しましたわ」
ん、ヒソヒソ会議のことかな。
いや、こっちとしては俺の至らぬ点があったのなら別にいいんだ。
それより、どこがいけなかったのかハッキリ言ってもらった方が嬉しい。
「大丈夫ですリリィさん。そ、それより何を話していたのですか……?」
ゴクリと唾を飲む。
聞いておいてアレだけど、やっぱり年の近い異性に何かをダメ出しされるのは心に響くものなんだよなぁ。わりと仲良くできてたと思っていたからこそ、ダメージも大きそうだし。それでも覚悟はできてる……今後のために参考にしよう。
「えぇと……」
言い淀むリリィさんを、ミナとアンノウンさんが応援するかのようにジリジリと見つめているのが、また一段と俺の恐怖を煽る。
「タ、タロさんは好きな殿方とか、いたのですか?」
「へ?」
何故か顔を真っ赤にして、両肩をプルプル震わしながら恥ずかしそうに尋ねてくるリリィさんに対し、俺は気の抜けた生返事をしてしまった。
新作、始めました!
『どうして俺が推しのお世話をしてるんだ? え、スキル【もふもふ】と【飯テロ】のせい? ~推しと名無しのダンジョン配信~』
→【https://ncode.syosetu.com/n1197ic/】
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