101話 太陽を司る天使
というわけで、やってきました巨人墓地、『浅き夢見し墓場』です。
「喜ぶといいんだけどな……っていうか効果があるのか不安だ……」
「きっと大喜びですよ、天士さまっ!」
無事に二個目の『陽精を宿す火種入れ』を作成できたので、巨人たちに太陽光を献上すべく薄闇に包まれつつあるフィールドをミナと待つ。日が沈むのを眺め、墓石が立ち並ぶダンジョンがうっすらと姿を現したところで『やぁやぁ、視えちゃぁいけないよ』とお決まりの文句を垂れながら、錬金キット『魔鏡』の効果で発見できた隣人とも言えるべきNPCと絡む。
墓地ではすっかり毎度おなじみになりつつある幽霊少年、またの名を奴隷王ルクセルくんの他愛ないお話を聞きながら、彼のエスコートのおかげで敵なしのダンジョンを進んでいく。
「そういえば、どうしてルクセルは巨人たちのように自我を失くす事なく、こうやって会話ができるの?」
『簡単なことだよー。ボクたちは昼間に太陽の光を浴びてるからさー』
ほう、幽霊が夜だけに出るとは限らない、か。
『ボクたちは常に彷徨っているからね~。おかげで太陽光を介して理性を貯めておくことができるのさ』
理性って貯蓄できるんだ。初耳だ。
「だから、夜になっても普通に記憶はなくならないし、お喋りにも興じれるってこと?」
『ボクらは肉体があるわけじゃないし、月夜じゃなくても活動はできるんだ。そこを見込まれて、前の主様にここの見張りをさせられてたってわけー』
「ほ~、ししょ……リッチー・デイモンドは太陽光と理性が関係していると、どうして気付けなかったんだろう」
『前の主様には太陽光のおかげで知性が戻るなんて教える義理はなかったからね。命令されれば答えてたけど』
聞かれませんでしたってことか。
というか師匠、当然かもしれないけど……嫌われてたんだな。
そうなると、弟子である俺に対する心情はどうなんだろうか。
ちょっと怖くなって、こっそりと名声スキルの『空気を詠む』を発動して、奴隷王ルクセルを見ておく。
NPC/モンスター 『レイス(奴隷王ルクセル)』
:傭兵タロとの関係性 → 好感度【友愛】:
:忠誠を誓った王、ヨトゥンの救世主であると信じている:
『まぁ、ある意味、真の我らが王であるヨトゥン陛下を解放してくれたキミには感謝しているからね』
きゅ、救世主……か。
ひとまず敵意がない事にはホッとしたけれど、実際のところ俺は何もしてないし、妙な居心地の悪さを感じた。
というかルクセル、おまえってモンスターだったのな。
――――
――――
そうこうしているうちに地下都市へと到着した俺とミナは、『陽精を宿す火種入れ』を掲げながら巨人たちの屍に会いに、どんどん進んでいく。
「天士さまはやっぱり凄いのですね」
確かにミナが驚くのも頷ける。
このランタン、中に『太陽に焦がれる偽魂』が入っているため、常に太陽光を発している状態なのだ。わざわざ『閃光石』を使用しなくても、巨人たちには理性と記憶が戻り、大人しくなったり、ぶつぶつと独り言を吐いてはどこかへ消えていくのだ。
「いやいや、ミナにここに行こうって言われなかったら当分は気付かなかったよ。ありがとう」
「お役に立てて、嬉しいですっ」
そんなわけで、順調に『大樹の純巨人』ヨトゥンのいる神殿へと足を運ぶのに、一切の労力はなかった。
神殿を守護する『高貴なる巨人』の屍たちも、ランタンに灯る光を浴びると大人しくなり『ォォオオ太陽ノ御使イ殿』『我ラニ祝福ノ光ヲ』『感謝スル』などと、口々に膝を突いて畏まるものだから、こちらとしても恐縮だった。
「なんか地下都市ヨールンが……『陽精を宿す火種入れ』さえ持ってればVIP待遇の顔パスダンジョンになってない?」
「いいえ、天士さまだからこそですよ?」
「そうなのかな……」
そんなお喋りをミナとしながら、いかつい武具をフル装備した『高貴なる巨人』たちに神殿の大きすぎる扉を押し開いてもらう。
いつのまにか優雅な御身分になってしまったな……。
そして、難なく『東の巨人王国』を治めるヨトゥンと顔を合わせる。
ランタンの光に照らされた王は、『オオォォオオ』と唸りながらも理性を取り戻していっているようだ。
「ヨクゾ、参ラレタ。太陽ノ御使イ殿」
態度は粛々としているヨトゥンだけど、その図体は計りしれない程に超大だ。師匠を一瞬で粉砕した拳の持ち主だからこそ、無意識に警戒してしまうのは無理もないだろう。それに、俺はリッチー・デイモンドの弟子なのである。口では丁寧な対応をしているけど、俺の事を腹の底では敵視しているかもしれない。
「こんにちは、陛下」
なので一応、名声スキルの『空気を詠む』を発動してみる。
NPC/モンスター 【壊滅の王 ヨトゥン】
:傭兵タロとの関係性 → 好感度【盟友】:
:故郷へ導いてくれると信じている:
「ふぅ……」
敵意はないようだ。
地味に名声スキルは役に立つなと内心で思いながら、俺はヨトゥンに挨拶もそこそこに本題に入る事にした。
「今日は小さいけども、太陽の代わりになるものを持って来ました」
そうして、『陽精を宿す種火入れ』を、磨かれた月光石の床へと置く。
「オォォオオ! コレハ……感謝イタス」
「せめてものお詫びです。我が師匠があなた達にした事は許されない所業です。ですが……こうして錬金術が誰かの役に立つことを、私と貴方がた巨人族を通して証明していきます」
自分なりのケジメとでも言うべきだろうか。
正直、師匠がこうして巨人族を捕えていたのは、俺にとって僥倖だった。
計らずとも、良き師匠に出会えるきっかけになったし、俺の錬金術の進歩にも繋がったのだ。
「親ガ子ノ責任ヲ背負ウノハ、道理……ダガ、子ハ親ヲ選ベヌ」
償いというわけでもないけど、俺にできることは太陽の光を求めている彼らに、今はそれらしきものを献上することのみ。
デイモンド師匠とは親子ではないし、自ら選んで師匠になってもらったわけだしな。
「望んで師事を仰ぎました」
「……先達ノ業ヲ、担ウ必要ハナイ」
ヨトゥンの言いたいことは何となく伝わった。
気にするなと。
だが、俺は師匠を師匠として誇っている部分もある。
これは譲れない領分だ。彼らを苦しめた人物を尊敬しているのだから、だからこそ彼らに対する義理は果たすべきだろう。
「太陽ヲ司ル天使殿ガモタラシタ……大イナル奇跡ニ感謝スル……」
そう言って大仰に片膝を着き、王であるヨトゥンは俺に頭を下げた。
とりあえずはこんなものでいいのだろうか?
また、しばらくしたら彼らの様子を見に来たほうがいいのかもしれない。
もう一つ『陽精を宿す種火入れ』はあるわけだし、コレさえあれば地下都市ヨールンは散歩し放題なわけだし。
去り際にもう一度、アビリティ『空気を詠む』をヨトゥンに発動してみると。
なぜか好感度が、【盟友】から【崇拝】へと変わっていた。
:おや? 大樹の純巨人ヨトゥンの様子が……:
:タロは巨大な武装勢力を支配下に収めた:




