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雪月花 ―雪―  作者: くろぬこ
其々の花
9/29

因果


「ちきしょうっ、なんだってんだいっ。どいつもこいつも、馬鹿にしやがってっ」


しまい忘れた炬燵に膝を入れながら、持っていた杯を壁へと投げつける。


徳利を持ち上げてそのまま冷えた酒を喉へと流し込む。

       

昂るままにスエを打った拳がズキリとうずく。

       

『なんだい、顔なんか赤らめやがって。気色悪い。あの時の、顔。いまいましい。おぼこぶりやがって。――男のコトなんて何にもわかっちゃいないくせに――妾が、あれ位の年の頃にはもうとっくに男を手玉に取っていたもんさ。大人に小突かれ小突かれ生きてきたんだ。死に目に会うほどの折檻せっかんてなぁ、あんなもんじゃない――』


雪の中、襦袢じゅばん一つのまま、裸で縛り上げられ木に吊るされた。

       



七つのときだった。

       



後家になった母が暮らしの為と言っては、招き入れる男達。

       

全てが終わるのを、雨の中ずっと外で待たされた。



九つになっていた。


       

どんな目に遭おうとも、母の着物の裾にしか自分の居場所はなかった。

       

男達の自分を見る目に気づいた。



十二の頃だった。




「おっかさん、あんた妬いてたんだよねあっははは、お笑いだ、あたしみたいな小娘をじっとりねぶるように見る男に妬くなんてさ。何て浅ましいんだい、あはははは。だからさ、あたしはいい気味だったさ、たとえ犯されようとも、なぶられようとも。覆いかぶされて見上げる天井てんじょう節穴ふしあなを数えながら、あたしはあんたの悔しがる顔を思い浮かべた。ざまあみろってね、何度も言ってたんだよ胸のうちでね。ざまあみろ、ざまあみろってさ。あっははははは」

      

胸のすくような高笑いの中で、頬に流れる涙の雫が、疼く拳のその痛みをまた呼び覚まし、そのまま叩かれた思い出に変わる。

       

あの土間で、打ち据えられていたスエの姿は幼かった頃の自分。

       

そして鬼女の形相で拳を振り下ろしていたのは、松の母に思えた。

       

気を失ったスエに水をかけ、また責めては意識を失うスエを見ているうちに、何度、其の妄想に囚われただろう。

       

松はもう一度、右の拳を左の手の平でぎゅっと包み込む。

     

「けっ、なんだってんだい、めかけのどこが悪い。気取ってんじゃないよ。あたしだって、あたしだってまだまだなんだ。まぁいいさ、雪音は稼いでくれる。精々稼いであたしに楽させてくれるんだよね。羨ましいだろ、おっかさん。羨ましいってお言いな――」


酔いつぶれ、独り言で一頻ひとしきり自分を慰めるといつものように、ごろ寝を決め込む。

       

泥のように眠る松。

       

一部始終を廊下で聞いていた雪音の顔を、襖越しに明かりが照らす。

       

じっと俯き、佇むその瞳の奥に暗いほむらが浮かんで、消えた。


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