因果
「ちきしょうっ、なんだってんだいっ。どいつもこいつも、馬鹿にしやがってっ」
しまい忘れた炬燵に膝を入れながら、持っていた杯を壁へと投げつける。
徳利を持ち上げてそのまま冷えた酒を喉へと流し込む。
昂るままにスエを打った拳がズキリとうずく。
『なんだい、顔なんか赤らめやがって。気色悪い。あの時の、顔。いまいましい。おぼこぶりやがって。――男のコトなんて何にもわかっちゃいないくせに――妾が、あれ位の年の頃にはもうとっくに男を手玉に取っていたもんさ。大人に小突かれ小突かれ生きてきたんだ。死に目に会うほどの折檻てなぁ、あんなもんじゃない――』
雪の中、襦袢一つのまま、裸で縛り上げられ木に吊るされた。
七つのときだった。
後家になった母が暮らしの為と言っては、招き入れる男達。
全てが終わるのを、雨の中ずっと外で待たされた。
九つになっていた。
どんな目に遭おうとも、母の着物の裾にしか自分の居場所はなかった。
男達の自分を見る目に気づいた。
十二の頃だった。
「おっかさん、あんた妬いてたんだよねあっははは、お笑いだ、あたしみたいな小娘をじっとり舐るように見る男に妬くなんてさ。何て浅ましいんだい、あはははは。だからさ、あたしはいい気味だったさ、たとえ犯されようとも、弄られようとも。覆いかぶされて見上げる天井の節穴を数えながら、あたしはあんたの悔しがる顔を思い浮かべた。ざまあみろってね、何度も言ってたんだよ胸のうちでね。ざまあみろ、ざまあみろってさ。あっははははは」
胸のすくような高笑いの中で、頬に流れる涙の雫が、疼く拳のその痛みをまた呼び覚まし、そのまま叩かれた思い出に変わる。
あの土間で、打ち据えられていたスエの姿は幼かった頃の自分。
そして鬼女の形相で拳を振り下ろしていたのは、松の母に思えた。
気を失ったスエに水をかけ、また責めては意識を失うスエを見ているうちに、何度、其の妄想に囚われただろう。
松はもう一度、右の拳を左の手の平でぎゅっと包み込む。
「けっ、なんだってんだい、妾のどこが悪い。気取ってんじゃないよ。あたしだって、あたしだってまだまだなんだ。まぁいいさ、雪音は稼いでくれる。精々稼いであたしに楽させてくれるんだよね。羨ましいだろ、おっかさん。羨ましいってお言いな――」
酔いつぶれ、独り言で一頻り自分を慰めるといつものように、ごろ寝を決め込む。
泥のように眠る松。
一部始終を廊下で聞いていた雪音の顔を、襖越しに明かりが照らす。
じっと俯き、佇むその瞳の奥に暗い焔が浮かんで、消えた。