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雪月花 ―雪―  作者: くろぬこ
其々の花
5/29

縁 えにし

     


人の賑う大通り。


商いの声、行き交う人や荷車の雑踏。


「きゃぁっ」


路地を入った突き当たりに、少女の声が小さく聞こえた。

       

どぶ板の上に両手をついて転げたスエは、買い物の使いに出されて持たされた小銭を、うっかりと板の隙間に落としてしまった。


「どう、どうしようっ」


音を立て、小銭は確かにどぶ板の下へと落ちたのだ。


行きがけに、松に落とさぬようにときつく言われた。

       

あの厭な声が、顔が思い浮かぶ。


「さが、探さなきゃ」


桃の花咲く月であっても肌寒い夕暮れにスエは、着物の裾をはしょって草履を脱ぐ。

       

どぶ板をあげて、其の汚れた水の中へと入る。


「つ、冷たいっ。……だい、大丈夫、きっと見つかる。……う、うん。うんっ」


自分で自分に言い聞かせ、今度は腕をまくり上げて、冷たい汚水のその下の薄黒い泥に指が入るまで、腕を差し込んで慎重に探る。

       

すえたような、苦味のある臭いが少女の鼻腔をいたぶる。

       

凍えるような汚水は、ぬるりと厭な感触の泥と共に肌へ纏わりつく。


「あ、あったっ。あと、に、にま、二枚」


落とした小銭は数えて三枚。

       

僅かな額であっても、スエに其れを返す事など到底出来ない。

       

少女の頬から滑り落ちる大粒の泪が、どぶの中に波紋をつくる。

       

寒空にどぶに入り、細い腕を差し込んで底をさらう少女に、そっと声をかける者がいた。

       

「ねぇ」


「う、うう……」


「ねぇ、あんた泣いてるの? そんな中に入って、何か落としちまったのかい」


優しい声に、胸の中に閉じ込められてた色んな想いが、一斉にせきを切ったようにあふれ出す。


「う、うわぁ、うわぁぁん」


スエは泣いた、声を上げて。


小さな子供のように天を仰いで思い切り泣いた。


「あぁ、よしよし、泣かないの。一緒に探してあげるよ。ほらほら、落ち着いて。ちゃんとゆってごらん」


「お、お金が。あ、あたし転んで。奥さんが。あ、あたし、行くとこなんかなくて。探さなきゃ。だ、だけど。あと、い、一枚どうしても見つかんなくて。うわぁん」


「なんだか、わかったような、わかんないようなだけど。とにかく、後一枚お金が見つかんないんだね。だけどあんた、こんなに泥だらけになって、髪までぐしょぬれじゃないか。いったいぜんたい、いくら落としちまったんだい」


冷たい風に頬の涙も凍える日。


スエは行きずりの優しそうな娘に縋りついて泣きじゃくって居た。


娘もしっかりと小さな背中を抱きしめる。


運命に導かれた小さな出会いの其の中で。

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