縁 えにし
人の賑う大通り。
商いの声、行き交う人や荷車の雑踏。
「きゃぁっ」
路地を入った突き当たりに、少女の声が小さく聞こえた。
どぶ板の上に両手をついて転げたスエは、買い物の使いに出されて持たされた小銭を、うっかりと板の隙間に落としてしまった。
「どう、どうしようっ」
音を立て、小銭は確かにどぶ板の下へと落ちたのだ。
行きがけに、松に落とさぬようにときつく言われた。
あの厭な声が、顔が思い浮かぶ。
「さが、探さなきゃ」
桃の花咲く月であっても肌寒い夕暮れにスエは、着物の裾をはしょって草履を脱ぐ。
どぶ板をあげて、其の汚れた水の中へと入る。
「つ、冷たいっ。……だい、大丈夫、きっと見つかる。……う、うん。うんっ」
自分で自分に言い聞かせ、今度は腕をまくり上げて、冷たい汚水のその下の薄黒い泥に指が入るまで、腕を差し込んで慎重に探る。
すえたような、苦味のある臭いが少女の鼻腔をいたぶる。
凍えるような汚水は、ぬるりと厭な感触の泥と共に肌へ纏わりつく。
「あ、あったっ。あと、に、にま、二枚」
落とした小銭は数えて三枚。
僅かな額であっても、スエに其れを返す事など到底出来ない。
少女の頬から滑り落ちる大粒の泪が、どぶの中に波紋をつくる。
寒空にどぶに入り、細い腕を差し込んで底をさらう少女に、そっと声をかける者がいた。
「ねぇ」
「う、うう……」
「ねぇ、あんた泣いてるの? そんな中に入って、何か落としちまったのかい」
優しい声に、胸の中に閉じ込められてた色んな想いが、一斉に堰を切ったようにあふれ出す。
「う、うわぁ、うわぁぁん」
スエは泣いた、声を上げて。
小さな子供のように天を仰いで思い切り泣いた。
「あぁ、よしよし、泣かないの。一緒に探してあげるよ。ほらほら、落ち着いて。ちゃんとゆってごらん」
「お、お金が。あ、あたし転んで。奥さんが。あ、あたし、行くとこなんかなくて。探さなきゃ。だ、だけど。あと、い、一枚どうしても見つかんなくて。うわぁん」
「なんだか、わかったような、わかんないようなだけど。とにかく、後一枚お金が見つかんないんだね。だけどあんた、こんなに泥だらけになって、髪までぐしょぬれじゃないか。いったいぜんたい、いくら落としちまったんだい」
冷たい風に頬の涙も凍える日。
スエは行きずりの優しそうな娘に縋りついて泣きじゃくって居た。
娘もしっかりと小さな背中を抱きしめる。
運命に導かれた小さな出会いの其の中で。