兆し
「二吉」
「お久しぶりでございやす」
「そう、だな――。まぁ座れ」
「へい」
江戸の外れの小さな蕎麦屋。
裏から入って二階に上がると、小さな部屋が一つある。
備前屋の息のかかった此の蕎麦屋で志郎は暮らしていた。
「旦那から――」
おう、と言って志郎は、差し出された金子を懐にしまい、一緒に受け取った文を読む。
ざっと目を通すと其れもしまい、杯を二吉に渡して注いでやる。
「いただきやす」
「そうか――そうだろうな」
あおった杯の口を拭って志郎に返すと、二吉は座りなおし、改まって語りだす。
「へい、案の定…いや、予想より早かったと、旦那様も驚いていらっしゃいました」
「そうだな、そう書いてあったぜ。――それで」
「へい」
「あの野郎、よほどたんまりと貰ったにちげぇねえ。そのまま居続けで三日、その後、女郎屋で相変わらずの畜生遊びに耽っていやがった……。糞みてぇな野郎だ…男の風上にも置けねぇ」
「まったくだ……」
「許されるなら、今すぐ此の手で叩き殺してやりてぇです」
「俺りゃぁ、もう何じっぺんも殺ってるぜ。頭ん中でな」
「そうですかい、あっしはその日のためにとってありやさぁ」
「そいつぁいいな。俺もそうするか……。あの野郎――必ず尻尾を掴んでやる」
「あと一息です。志郎さん…早まったりなさらないでくだせぇよ」
「解っているさ……。――長かったな」
「へい――」
「いよいよだ――。おめぇもあいつも…良く堪えたな――」
「志郎さん――それは…言わないでおくんなせぇ」
「そうだった…すまん」
小さな蕎麦屋の二階で、男たちは黙って酒を酌み交わす。
其々の胸にあるもの。
それはずっと秘めていたモノ。
長い年月が、二人の間で静かな沈黙となって漂っている。




