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雪月花 ―雪―  作者: くろぬこ
歯車
19/29

兆し


「二吉」


「お久しぶりでございやす」


「そう、だな――。まぁ座れ」


「へい」


江戸の外れの小さな蕎麦屋そばや

       

裏から入って二階に上がると、小さな部屋が一つある。

       

備前屋の息のかかった此の蕎麦屋で志郎は暮らしていた。


「旦那から――」


おう、と言って志郎は、差し出された金子きんすを懐にしまい、一緒に受け取った文を読む。

       

ざっと目を通すと其れもしまい、杯を二吉に渡していでやる。


「いただきやす」


「そうか――そうだろうな」


あおった杯の口を拭って志郎に返すと、二吉は座りなおし、改まって語りだす。


「へい、案の定…いや、予想より早かったと、旦那様も驚いていらっしゃいました」


「そうだな、そう書いてあったぜ。――それで」


「へい」


「あの野郎、よほどたんまりと貰ったにちげぇねえ。そのまま居続けで三日、その後、女郎屋じょろやで相変わらずの畜生遊びに耽っていやがった……。糞みてぇな野郎だ…男の風上にも置けねぇ」


「まったくだ……」


「許されるなら、今すぐ此の手で叩き殺してやりてぇです」


「俺りゃぁ、もう何じっぺんも殺ってるぜ。頭ん中でな」


「そうですかい、あっしはその日のためにとってありやさぁ」


「そいつぁいいな。俺もそうするか……。あの野郎――必ず尻尾を掴んでやる」


「あと一息です。志郎さん…早まったりなさらないでくだせぇよ」


「解っているさ……。――長かったな」


「へい――」


「いよいよだ――。おめぇもあいつも…良く堪えたな――」


「志郎さん――それは…言わないでおくんなせぇ」


「そうだった…すまん」


小さな蕎麦屋の二階で、男たちは黙って酒を酌み交わす。

       

其々の胸にあるもの。

       

それはずっと秘めていたモノ。

       

長い年月が、二人の間で静かな沈黙となって漂っている。


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