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雪月花 ―雪―  作者: くろぬこ
銀二と松
18/29


士族とはいえお目見えもない下級武士の出であった。

       

お役勤めのやもめ男に目をつけて、あの手この手で取り入り、手に入れた家庭。

       

二人の連れ子とも、人の良い夫とも、上手くやれると信じていた。

       

祝言の日、花嫁姿の自分の前におずおずとやってきた少女雪音は、まるで子供の頃に作った雪兎のように清らかで愛らしかった。


「あ、あの」


「なぁに」


「これ」


差し出されたのは小さな鶴。

       

赤い綺麗な折り紙で、くちばしや羽の先まできちんと綺麗に、丁寧に折られている。


「これ…あたしに……?」


「あげる」


「嬉しい……ありがとう」


震える手で手渡すと、そのまま何処かへ走り去ってゆく。

       

それでも、そっと触れた小さな指先のぬくもりがまだ残っている。

       

見覚えのある赤い折り紙。

       

部屋の隅でずっと折っていた。

       

一つたたんでは丁寧にさすりながら。



――そう…これは、あたしに――



どうせ、亡くした母親の仏壇にでも飾るのだろうと、たかをくくっていた松であった。

       

気恥ずかしい白無垢に、同じく白く塗られた掌に乗せられた小さな赤い折鶴。

       


――待たせたね、お前の番だ――と、優しく微笑んでいるように松には思えた。





「そ、そんな……」


ほんの数年の夫の居る生活。

       

築かれた家庭は呆気なく終わった。

       

突然に亡くなった夫は、松に二人の連れ子を残した。

       

雪音と志郎。

       

生意気盛りの少年と、まだ幼い娘は、自分の産んだ子供ではない。

       




葬儀万端一息ついて、やっと喪があけたという頃。

       

寡婦となった松は、子供の頃からかかわりのある此の銀二という男と会っていた。

       

松の母親の男妾おとこめかけであった此の男は、松の最初の男。

       

母親が死に、松は一人で生きてゆくために、自分に異常な執着を見せる銀二を利用する。




「まったく、災難なこったな――」


「あんた――。よもや関わりないだろうね」


「な、なんのこってぃ……」


「いくらしたたか飲んでいたとはいえ、橋から落ちるなんざ間抜けすぎる。あの人……うちの亭主を、お前まさか――」


「め、滅相もねぇ、なんで俺が。やっと見つけたおめぇの太い金づるをわざわざ――俺ゃあ其処まで馬鹿じゃあねぇぜ」


「本当かい」


「本当さ――、なぁ、それよりよぉ松」


この男銀二であったら、人を殺すかもしれない。松にはそれがどうしても気になっていた。


子供の頃、松を手篭めにしたその時から消える事の無い自分への執着。


松の双眸が暗く銀二を値踏みする。


それに気づいてか銀二があわてて松の背後に回り、彼女の肩を揉みながら媚びた声を掛ける。


「なぁ、これからどうすんだ……? その若さで餓鬼が二人も残っちまって。くそ生意気な小僧と……雪音って言ったっけ、綺麗な娘だよなぁ」


「雪音……」


「金目の物をうっぱらって、離縁するか、また新しい旦那を見つけてやってもいいぜ――」


「馬鹿だね、そんな女を囲うか、娶る男なんざいないよ」


「そういうもんかねぇ――」


「うるさいね、少し黙ってな」


虫唾が走るほど此の男が嫌いだった。

       

羽状の家に嫁いでからは、遠ざけてはいたものの――執拗に顔を出す銀二をいずれ何かの役に立つのではと、小遣いをやって子飼いにしていた。

       

先ほどの雪音の名を口にした時の此の男の目は、以前、幼い自分に向けられた其れと同じ。

       

幼い子供、育ちきっていない少女に向ける銀二の――禍々しい眼差し。

       

松が何かを言いかけた時、銀二が先に声を出した。


「備前屋が、きていたなぁ」


「なんだって」


「いやぁ、おめぇんとこの亭主の焼香に備前屋がさ、来ていたと思ってよ」


「それがどうしたい」


「あそこは羽振りがいいじゃねぇか。正直善兵衛とか噂が高いが、長い事患っていた女房も先だって死んだらしいぜ――。なぁ、あそこの旦那に泣きを入れてみたらどうでぇ。正直善兵衛さんが、助けてくれるんじゃぁねぇのかぁ」




――また、男に頼って生きるのか――

       


知恵を巡らせ、気を使い、どれほどの容色を磨こうとも、所詮は女。

       

組み伏せられる悔しさ、嘲り笑うその憎々しさが松の心に湧き上がる。

       

男の身体の下にしか、女の棲家すみかは無いというのか。

       

唇を噛み締める松の脳裏に浮かんだのは、

       


あの日、掌に乗せられた小さな赤い折鶴であった。

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