第5話 意見の不一致
周囲の恐怖による警戒の視線が俺に刺さる。白昼堂々、ライフルぶっ放して殺人したのだ。当たり前だろう。
そもそも、アサルトライフルを始めとするライフル武器は、威力が高い分、反動がハンパないという設定のため、立ったまま撃つのはほぼ不可能とされている。反動の強さは現実の2倍以上だった。だが、上手く衝撃を逃がせれば簡単だったりする。
……まぁ、それができないから、圧倒的威力を誇るライフル武器を誰も使わないのだろうが。
そんなわけで、立ったままアサルトライフルでヘッドショット6連撃を決めた俺は、周囲に人外生物のように見られていた。
「……君、こっちに来て」
最初に突っかかられていた少女が俺に言った。彼女はいち早く冷静になって、俺に声をかけてくれたのだ。
彼女が示したのは、プレイヤー武具店だ。おそらく、彼女が経営しているのだろう。
「お、おう……カナ、カスミ!」
俺は2人の名を呼んで、中へ入っていった。俺の声で我に返った2人は、俺の後に続いて入っていった。
俺達を中に入れてくれた少女は、無言のまま席を勧めてきた。
木製の大きめの丸いテーブルにイスが4脚ある。
俺がその1つに座ると、俺から見てカナが右、カスミが左に座り、俺の対面には少女が座った。
少女は少しだけ俺の顔をジッと見てから口を開いた。
「……助けてくれたんだよね? ……ありがとう」
少女が無表情のままそう言った。
「……でも、アナタの立場は大丈夫?」
こちらの心配をするときだけ、少し感情の色が見えた。やはり、相手がヤバい奴らだと知っているんだろう。
俺はおどけたように返した。
「言ったろ? 皆殺しだってさ。どうせ、本当に死ぬわけじゃないんだから」
俺は口ではそう言ったが、実際は不安だった。
皆殺し云々ではない。
本当に死なないかどうかがだ。
これについて、俺は非常に疑っている。
というのもだ。このままではゲームセオリーにのっとったまま、プレイヤー達はクリアしてしまうだろう。
この事件を引き起こした犯人の目的の1つとして考えられるものとして、鑑賞目的、というものがある。それは恐らく、勘の良いプレイヤーなら考えているかもしれない。
だが、俺とジョンソンは違うと考えている。俺達が考えているのは、VR機器に標準装備されている脳モニタリング機能を使った‘研究データの確保’というものだ。
極限状態における人間の脳のデータ。
それを欲する組織は、意外なほどに多い。そして、そのほとんどが軍事関係の組織なのだ。
データを何に使うのかは、俺とジョンソンには簡単にわかった。
だからこそだ。
プレイヤー達を極限状態にするためにはどうするのか。それは、死という概念だ。死ぬのは誰だって怖い。その単純かつ共通の恐怖が、人間を極限状態まで追い込む。
だから俺は心配しているのだ。
それが実装されることを。
俺とジョンソンは話し合いの結果、VR機器で脳を破壊するのは可能だという結論に至った。
リミッターを解除したVR機器から発せられるスキャニング用マイクロウェーブは、脳細胞のシナプスなどを焼き切ってしまえる。神経回路自体に重大な損傷を与えてしまうのだ。
それを利用すれば、人を殺せる。
犯人は、研究データを多くの組織に売ってボロ儲けをしようという魂胆だろう。そして、その犯人は恐らく……
「……君、どうしたの?」
少女の声が聞こえて、ようやく意識がこちらに戻った。
「いや、すまん。ちょっと考え事をしてた」
「そう……」
少女に不思議なものを見るような目をされたが、普段から人外生物を見るような目に慣れている俺には、何ということもない視線だった。
「あ……と。そういや、君の名前は?」
「……私はミウ。君達は?」
俺は、自分とカナとカスミの紹介を簡潔に行った。この間、カナとカスミはこちらをチラチラ見ては、すぐに目を逸らすという謎すぎる行動をしていた。
……そんなに俺、見るに堪えない顔をしているだろうか?
そう考えると、なんだか悲しくなってくる。世のモテ男よ……死んじまえ!
「ミウ、君はなんでアイツらに絡まれたんだ?」
俺は、そもそもの原因を問い質した。いくら腐った下郎集団でも、目についたプレイヤー全てから搾取を行っているわけではない。何かきっかけがあるはずだ。
「私が、アイツらが武器の強化を頼んできたのを拒否した」
「なんでまた?」
「……私の友達が無限PKをされてる。そんな奴らに協力するのは外道」
「なるほど」
確かに、友人をボコる奴らの協力なんてしたくはない。
「……ねぇ、ユージ。アナタに頼みがある」
「なんだ……?」
厄介事の予感……!
「私の友達を助けるのを手伝ってほしい」
「……やっぱりな」
そう来ると思った。
「アナタは凄いシステム外スキルの持ち主。立ったまま、アサルトライフルを撃つなんて凄い」
「いや、元々アサルトライフルは立ったまま撃つモンなんだが?」
すると、ミウは首を横に振った。
「この世界のアサルトライフルは違う。圧倒的な攻撃力を誇る代わりに、反動が強い。連射すれば、腕が痺れるし、視界外に着弾するのも常。現実世界なら、立ったまま対戦車ライフルを撃つようなもの」
ミウが言ったことは、あながち間違いでもなかった。プレイヤー戦では一撃必殺に近い武器が、何故使用されないか。
扱えないようにされているからだ。ゲームクリエーターが銃が嫌いなのか知らないが、この世界の銃はかなりピーキーな仕様だ。
システム外スキルがなければ、まず前に弾丸が飛ばない。そして、普通の人間なら初弾は真っ直ぐ飛んでも、後がバラバラに散っていく。それほどの扱いづらさだ。
明らかにこのゲームは、銃系武器の使用者を限定しようとしている。なにか目的があるのだろうか。
だが、この真相はいくら考えても分からない類のものだ。
「まぁな。だが、俺が君を助けなければならない理由は?」
俺はミウにそう尋ねた。俺にはミウを助ける理由がない。さっき知り合ったばかりだし、その友人とは会ったこともないし、名前も知らない。
さらには、既に《フォックス・ハウンド》と交戦しているのだ。
……実際は一方的な虐殺だったのだが、彼らにもプライドはあるだろう。
ともかく、そちらの対策も講じなければならない。知らない人間の手助けをするような温情は、俺はあいにくと持ち合わせていないし、そもそも余裕がない。俺やジョンソンなら返り討ちにできるが、他のFLFメンバーは無理っぽい。
だからこそ、俺はそう尋ねたのだ。
だが、ミウは自信あり気にこう言った。
「さっきは助けてくれた。なら、アナタはいい人。いい人なら、アイツらの被害に遭ってる人を見捨てたりはしない」
「……どうやら君は勘違いしてるようだな」
「……?」
俺はそう言って、次の言葉を可能な限り冷たく、非情に言った。
「俺は君を助けたつもりはない。そこのバカ共2人が《フォックス・ハウンド》に喧嘩をふっかけたんだ。その尻拭いだ。俺は正直、君の事は見捨てようとした。バカ共が関わりさえしなければ、素通りしていた」
嘘ではない。俺は、よくある光景として関与しないようにしようとした。だが、カナとカスミが勝手に介入したからこうなったのだ。
「でも、《フォックス・ハウンド》を倒すときのアナタは、感情が入ってた気がする」
「……気のせいだ」
俺はそう一蹴した。
「でも……! あのままじゃ、私の友達が……!」
「助けても、俺には何のメリットもない。なら、俺には助ける理由はない」
バン!!
テーブルが思いっきり叩かれた。叩いたのは、カナだった。
「アンタ……! 少しはかわいそうだと思わないの……!?」
わなわなと震える声で言うカナ。
「思わん」
それを、俺は一言で一蹴した。
「なんでそうなるんですか!!」
次に声を荒げたのはカスミだった。
「見て見ぬフリなんて出来ません!! このままじゃ、ミウさんの友達さんが、何もできずに閉じ込められたままです!! そんな嫌がらせを黙って見ているつもりですか!?」
「見ているつもりだが?」
俺は即答した。
「だいたい、偉そうなことを言っているが、お前達のせいでFLFがピンチになってるんだが?」
俺がそう言うと、2人は明らかに狼狽した。
「助けるだけの力がないのに安請け合いする方が悪い選択だ。そして、FLFに余裕が無くなったのは8割方お前達の責任だ。俺にもお前達を止められなかった責任はあるからな。だからこそ言う。これ以上、FLFにとっての危機を拡大させないためにな……お前達の勝手な判断で、ギルドを……FLFを壊滅させるつもりか?」
その言葉を聞いた2人は、唇を噛んで悔しそうに俯いた。
「俺とジョンソンだけでは、《フォックス・ハウンド》からFLFを護るだけで精一杯だ。他人を助けている余裕はない。助けたいなら、助けられる力を得てからにしろ。力が無いのに身勝手なことをするな」
俺の言葉は、彼女達を黙らすには充分すぎるほどの威力を発揮した。彼女達は言い返せない。なにせ、彼女達が言った「助ける」は、彼女達自身が助けるのではない。‘俺’が助けることなのだから。
「話は以上だ。帰るぞ」
俺を席を立ち、3人に背を向けた。
「もういい……!」
カナが震えた声で呟いた。
「アンタなんか頼らない! あたし達は、あたし達の力だけでミウの友達を救ってみせる!」
「はい! 私達にだってできることはあります!」
カスミもそれに便乗した。
「……勝手にしろ」
俺はそう吐き捨てた。
「……ユージさん……! 見損ないました!」
「ホントよ。最低だわ!」
好き放題言ってくれる2人。だが、俺は余裕を持ってこう返す。
「そういうセリフは、俺に尻拭いをさせないようにしてから言え」
その言葉に再び黙る2人。俺はその2人は冷たい目で見た。多分、冷たい目になっていた。俺の心も冷え切っていたから。
俺の視線を受けた2人は身体を緊張させた。カスミに至っては震えてさえいる。
俺は数秒で前に向き直って、外へ出た。
「……まだいたのかよ」
外には、最初の頃の4分の1くらいの野次馬が残っていて、俺に微妙な視線を突き刺していた。