第3話 デルタ
俺は、背後からナイフらしき武器……おそらく短剣カテゴリーに属する武器で俺を刺しにきたジョンソンの手首を掴み、ギリギリのところで刺されずに済んでいる。
「「「ジョンソン(さん)!?」」」
FLFのみんなが驚きの声を上げる。
みんな、ジョンソンの行動が予想外なものだったようだ。
「お前のその戦い方……見たことがある。と、いうよりか、その断片を見た、が正解だな」
ジョンソンが俺を見つめて言う。ナイフには相当な力が入っており、刺す気満々だったことを物語っている。
「そういうアンタは米軍特殊部隊出身か? デルタあたりかな?」
そう言ってやると、ジョンソンが眉を上げた。
「ほう? よくわかったな……」
「ああ。アンタ、見たことあると思う」
「なんだと?」
今度はジョンソンが驚いた。この間もナイフの力はこもっており、俺も手首を掴む力を弱めない。
「そんなことより……アンタ、橘雄一郎って知ってるか?」
「ああ。俺がまだデルタにいた頃、自衛隊の秘密特殊部隊と模擬戦をしたことがある。その中で最強だったのが雄一郎だ」
「そいつに息子がいることは知ってたか?」
「ああ。確か、基地につれてきていた……て、まさか、お前……!?」
俺は人の悪い笑みを浮かべて言ってやった。
「俺は橘雄司! 橘雄一郎の息子だ! お久しぶりです。ウィリアム・ジョンソン曹長!」
その言葉と同時に、俺はジョンソンの手首を捻り返し、ジョンソンはナイフを取り落とす。
俺はナイフを蹴って遠くに飛ばしてから、CQCを仕掛けてくるジョンソンの腕を掴み、柔道でいう背負い投げを、強引な上に形はなっていないが、無理矢理決めた。
仰向けに地面に叩きつけられるジョンソン。
だが、彼は笑っていた。
「ふははは……やはり強いな、橘二尉の息子は」
ちなみに、二尉というのは二等尉の略で、俺の親父の場合は二等陸尉である。外国軍でいう中尉クラスの階級だ。自衛隊で使われている階級で、軍隊ではないから、とかなんとかいう理由で採用された名称だ。
ジョンソンは元デルタ・フォースの兵士だった。それがどうしてこんなところで……というより、こんなVR世界にいるのだろうか。
俺は何となくそれを尋ねてみた。すると、彼は寝転がったまま経緯を説明してくれた。
彼は、アフガニスタンのテロリスト殲滅任務中に右足をやられてしまい……義足となったらしい。
彼は、それを契機にアメリカ軍をやめて、知り合いがいる日本にやってきたらしい。その知り合いが親父の友人。彼は親父同様、自衛隊秘密特殊部隊の元隊員だったそうだ。
で、彼がやっている土木作業会社の経理をやって暮らしていたらしい。だが、流石に平和すぎる日本。刺激が欲しくなった。
で、たまたまこのVRゲームを購入し、親父の友人に機器を借りてプレイしてたらこのザマだという。
「なるほど……曹長も大変だったんですね」
「元曹長だ、ユージ。実際、お前にも負けた」
ジョンソンは自嘲気味に言った。
「いや……ジョンソンさんは随分と強いですよ。だから、その力、ゲームクリアのためにかしてください」
「そうか……。ふふふ……橘二尉の息子に言ってもらえるとは光栄だ。是非、協力させてもらおう」
「ありがとうございます」
ジョンソンは立ち上がり、俺と彼は固く握手を交わした。
「……あのー、お二人さん? 状況が読めないんだが……?」
バリクが言った。その後ろには困惑した表情をした女性陣。
俺とジョンソンは顔を見合わせて、同時に苦笑した。
「おいおい……アンタら、化け物か? 隊長はアメリカ軍の元特殊部隊で、ユージは自衛隊の特殊部隊隊員の息子。その上、ヤバい訓練も受けていて……しかも、リアルで会ったことあるって?」
バリクが驚嘆を隠せない様子で言う。
「ま、そんなとこだな、ジョンソンさん」
「そうだな……なぁ、ユージ。私としては君に敬語を使われるのは不本意だ。普通にしてくれ」
「了解だ、ジョンソン」
そんな俺とジョンソンをみんなはマジマジと見ている。
「どした?」
流石に居心地が悪すぎるので尋ねてみた。
「いや……ジョンソンならわかるけど、アンタはそんな雰囲気じゃないから……」
カナが言った。
「まぁな~。俺は自衛隊に入っちゃいないし。戦闘技能を叩き込まれてるだけだから」
「それを‘だけ’で済ませられるんだ……」
なぜかカナは俺に対してあきれていた。何故だろう?
「しかも無自覚……」
何に?
「そんなことよりもだ」
ジョンソンがいきなり切り出した。俺も、いくら考えてもわからなそうな問題に直面していたため、こちらに逃げる。
「我々FLFの行動方針を決めるべきだ」
なるほど。確かに。
「具体的に、何か考えてる?」
俺はジョンソンにそう尋ねた。
「ああ。いくつかプランがある。だが、みんなも遠慮せずに意見してくれ」
アンタみたいな、外見からして鬼軍曹みたいな(実際は曹長だし、その上‘元’が付くが)人間に言われても、一般人は普通に遠慮するって。
「まずプランAだ。ダンジョンで訓練を積み、資金を稼ぐ。プランBは、先にメンバーを集める。FLFは、まだかなりの小規模ギルドだ。トップの連中はもう50人規模だぞ」
トップギルドと言えば、《フォックス・ハウンド》《スティール・ナイツ》《ガールズ・ファイターズ》などが挙げられる。
アユのいる《ガールズ・ファイターズ》がトップギルドというのは初めて知った。
で、結局、俺の意見は……
「プランAだな」
プランAだった。
「へぇ~、どうしてかしら?」
リンが興味深そうにきいてきたので、簡単に答える。
「無駄に数を多くしたところで、組織が肥大化して腐敗してしまうのは世の常だ。だったら、俺達FLFは少数精鋭でいくべきだ。それに、信用できない味方は敵以上に厄介だ。数は力とか何とか言うが、それは相手が最低限の信用度があることが条件だ。そんなリスクは負う必要はない。だがこれから先、信用できそうな奴ができればすぐに仲間に引き入れるべきだ。だから、人数的……というより経済的にも余裕を持ってなくちゃいけない。だったら、いたずらに人員を増やすより、選りすぐりの少人数の方が効率がいいし、個人の成長率が高い。以上が俺がプランAを推奨する理由だ。長くなったな」
「普通の高校生にしてはな」
俺のセリフにそう続けたのはジョンソン。
ジョンソンの言葉の意味は、高校生として考えると長いが、普通の兵士や大人のものとして考えるとそれほどでもない、ということだ。
それに隠された意味は、ただひとつ。
ジョンソンは言外にこう言っているのだ。
『俺はお前を高校生としてではなく、本物の1兵士として見る』
「ははは……。わっかりにくいメッセージ出しやがって……」
ジョンソンのメッセージに気づいた俺は、苦笑しながら、誰にも聞こえない声でそう呟いた。
「確かに合理的だ。一応、プランCもあるが。プランCなら、AやBと並行して行える。プランA、Cを私は推奨する」
「Cなんかあったのか? 先に言えって」
ジョンソンのまさかの発言に俺はそう言った。
「ユージが先々、ペラペラ喋るからだ」
くそ……面目ない……。
「プランCは、技術開発部を設営することだ。……まぁ、要は生産系プレイヤーの確保、というわけだ」
なるほど。確かにFLFの主力となる武器は銃火器だ。弾薬は買うより、自分達で生産、運用していく方が効率的で安上がりだ。さらに、生産プレイヤーの弾薬を生産するスキル……化学工業スキルが向上すれば、新型弾や特殊弾、新しい武器の開発にも繋がる。
他のギルド、プレイヤーが銃を使わないのは、システムサポート外のスキルが必要となる武器であることや、弾薬費がかかることにある。
剣ならシステム的に剣技などが登録されているため、初心者でも多彩な戦い方ができる。しかし、銃はシステム的な攻撃技が皆無である。そして、FPSが得意なプレイヤーでも、現実世界に限りなく近い環境で実戦の如く戦うのは困難なのである。
そんなわけで、非常に使いづらい。
射撃時にも、システムアシストを使うと、相手に弾道予測線が見えてしまう仕様が、このゲームには存在する。
それが出てしまうと、対プレイヤー戦はもちろんのこと、モンスターにさえ避けられてしまう。
かといって、システムアシストを切ると、風向きやコリオリの影響まで自分で計算して撃たねばならない。
拳銃やショットガンならあまり関係ないかもしれないが。
だが、そもそも魔法という万能な遠距離攻撃手段があるのだ。こんなデメリットを背負ってまで使いたがる人間はそうそういない。
ただ、少しはいる。
そいつらが見ているのは、銃系武器のメリットだ。
剣や魔法に比べて、攻撃性が圧倒的に高いのだ。威力はもちろんのこと、弱点判定がでるのは銃系武器のみだし、ライフル系銃火器は、モンスターやプレイヤーを貫通して、背後の敵にもダメージを与えることができる。しかも、プレイヤーの場合、1発でも貫かれてしまうと、その箇所が一撃で部位破損となってしまうのだ。つまり、頭部をライフル系銃火器で撃ち抜かれれば、レベル関係なしに一撃必殺というわけだ。
ただ、当たらないが。
しかも、その仕様は対プレイヤー戦のみ。プレイヤーが死ぬと、一週間ほど行動制限のペナルティーが課せられるため、気軽に練習するわけにはいかない。
このようなピーキーな仕様だからこそ、銃は使えない武器としての称号を手にしていたのだった。
だが、FLFは別だと俺は考えてる。
みんな、銃火器に対して前向きな考え方をしている。FLFのみんななら、必ず十二分に使いこなせる。
俺にはその確信があった。
「じゃ、AとCの並行でいいよ。みんなもいいか」
黙って聞き手にまわっていた俺とジョンソン以外のFLFのメンバー達は、一様に頷いた。
まぁ、さっきの話を理解できたかどうかは疑問だが。特にカスミが。
わからないけど、アナタに賛成です、みたいな顔をしている。
どんな顔かと聞かれると微妙すぎて表現できないが、とりあえず、俺を見つめてきているとだけ言っておこう。
……俺、女子には少し弱いんだ。特に年下。
扱い方がわからなくて、とりあえず優しく接するのが俺の対女性対応手段だ。
一応言っておくが、決してロリコンではない。
「じ、じゃあ、早速行動開始といこうぜ。フィールドでこれ以上ボーっとしてるわけにはいかないからな! モンスター狩ろう! そうしよう!」
俺はカスミからの視線に耐えきれずにそう言った。みんな、「どうしたんだ、コイツ」的な視線を向けてきたが、そんなことはどうでもいい。俺はカスミの、ある種の熱意のある視線から逃れられて安心感を得ていた。
カスミside
私は、ユージさんはスゴいと思った。強いだけじゃなくて、頭もいい。
それに……ちょっとカッコイイ。
私は、いつの間にか、ユージさんに憧れ始めていた。この人についていって、隣に立って一緒に戦えるようになることを目指せば、私は弱い自分から抜け出せる。そう思った。