プロローグ
VRMMORPGは、数年前からゲーム業界に登場した新ジャンルだ。ただ、人気度はふざけているくらい高い。現実世界のように、だが、現実離れしたリアルを体験できるVRゲームは総じて人気度が高い。だが、MMORPGは大人数で同時参戦するため、他人とのコミュニケーションやギルド機能、パーティー機能があり、それに惹かれてプレイするプレイヤー達も多かった。
かく言う俺もその1人だ。
だが、VRMMORPGに対して俺は不満がある。
(なんで、近代武器がないんだ!!)
そう。銃とかランチャーとか、そういうのがないのである。ファンタジー系ばっかだ。
俺はミリタリー系ゲームは何だって得意である。
だが、今日のVRMMORPGにはミリタリー要素がないのだ。
そんなときだ。
俺は自宅の自分の部屋にいた。
あっ……言い忘れてたけど、俺は橘雄司だ。高1だ。
部活をやってない代わりに、親父とその仲間達に、普通なら体験できない地獄を味あわせていただいているが。
俺の家は、閑静な住宅街の普通の2階建て一軒家だ。俺の部屋は2階。
そして俺の部屋のドアがノックされ、廊下から女の子の声が聞こえた。
「お兄ちゃん……? ちょっと見てほしい物があるんだけど……」
彼女は妹……義妹だが、名前は歩美。
「わかった。入ってこい」
「う……うん」
緊張した面もちで俺の部屋に入ってくる歩美。贔屓目なしで、美少女だ。守ってあげたくなるような容姿で、クラスメートからの人気が高いらしい。……主に男子の。
(手ぇ出したら、親父に仕込まれたアレでギタギタに……)
俺が脳内でまだ見ぬ男子を八つ裂きにしていると……
「お、お兄ちゃん……?」
歩美が不安げに見つめてきた。
「ああ、悪い悪い」
どうやら俺の顔は、かなり怖いものになっていたようだ。失敗失敗。
「お兄ちゃんさ……このゲームやってみない? 一応、お兄ちゃんの分もあるんだけど……」
そう言って未だに緊張したままの歩美が……って、ちょっと待て。
「歩美、頬が赤いぞ?」
「ふぇ!? そそそそそ……そんにゃことにゃいよ?」
そんなことあるな。動揺しまくった上に、セリフを噛みまくってる。
「ま、いっか……で?」
俺は、歩美が動揺しまくったことから、知られたくない秘密があるのだろうと思ってスルーした。そういや、最近歩美は俺の前だとこういう感じになることが多い。
気にするほどのことでもないだろう。
「《フライング・アイランド・オンライン》?」
パッケージには、空に浮かぶ群島が描かれていた。
「うん。空飛ぶ島がたくさんあって……その世界を探検していくゲーム。……お兄ちゃんが好きな鉄砲とかもあるんだけど……」
「けど?」
「ゲームシステム外のスキルがないとまともに使えないから、誰も使ってない」
「ふむ……」
俺は、それに対して興味が湧いた。システム外のスキルが必要、か。
だが、銃があるなら関係ない。必ずマスターしてみせる。
「よし、やろう」
「ほんと!? やったぁ!!」
歩美がなぜかすごく喜ぶ。
「お兄ちゃん、このゲーム、一昨日から正式サービス開始だからもうプレイできるよ。暇でしょ?」
「暇だな。親父達の地獄は明後日だし、現在進行形で夏休みだし」
「じゃあ、私はあっちで待ってるから。《アユ》ってプレイヤーを探して。じゃっ!!」
歩美は最初とは大違いのハイテンションで、ゲームを俺に押し付けて自分の部屋へ行った。
俺はそれに苦笑しながらヘッドギア型VRゲーム機にゲームディスクを挿入し、それを被ってベッドに寝ころんだ。今は朝10時。3時間くらいやってから飯でも食うか。
「ゲームスタート」
ボイスコマンドでゲーム機を起動し、俺はゲームの世界へ吸い込まれた。
ゲームのタイトルやら、なんかロードしたりが続き、俺のキャラクター設定画面になった。
『初期スキルを2つ、決定してください』
初期スキルとやらには、《剣術》《魔術》《弓術》などなど……
いろいろなスキルが並んでいた。
だが、俺の目はある一点に釘付けだ。
《銃術》。
一瞬でそれに決めた俺は、次のスキルで悩んだ。
……が、やはり、次のスキルを見た瞬間、迷いは飛んだ。
《体術》。
やった。
これでCQCができる……!!
CQCとは、〈クロス・クォーター・コンバット〉の略で、超接近戦と訳す。
‘軍隊’がよく使う近接戦闘術で、自衛隊の親父達に俺が仕込まれていたのはそれだった。
もちろん、それだけではないのだが。どうやら、親父達は俺を自衛隊の人間兵器にでもするつもりらしい。
とりあえず、ゲームでそれができるなら、俺はトッププレイヤーになれる自信があった。
だが、そんな俺は義妹にこっぴどく叱られた。
「お、お、お兄ちゃんの馬鹿ぁぁぁっ!!」
第1島の中で最も大きい街《始まりの街》の小さなカフェで、可愛らしい女の子の叫び声が響いた。
西洋風の建物が立ち並び、まさにファンタジーな世界だった。
そんなことはさておきだ。
「な、なんでそんなに怒ってんだ?」
俺は彼女が怒る意味が分からなかった。
「銃は遠くから撃たないと意味ないでしょ!? そうじゃないと射程の優位性を発揮できないから!! で、どうして《体術》なのよ!! それは剣士が使うものなんだから!!」
歩美……ではなくアユが俺を叱る。俺は納得がいかない。
「銃を使った格闘戦だってあるぞ?」
「そういうのは、自動照準とか、いろいろなシステムサポートをオフにしないとできな……あ……」
そこでアユが口をつぐんだ。俺の意図がようやくわかったようだ。
「お兄ちゃん……アレをやるの?」
俺……ユージ(プレイヤーネームもそのままにした)は、ニヤリと笑った。
「まぁ……できないことはないと思うけど……」
アユは現実世界そのままの顔を俯かせた。このゲームの体は現実世界そのままである。体の感覚が違うと、脳に負担をかけるかららしい。
「どうした?」
「私……あまり、お兄ちゃんが兵隊さんになってるとこ、見たくないなぁ、って」
アユの声は少し震えていた。
「なんかね……お兄ちゃんが別人みたいで……」
そんなことを言うアユに俺は……
ポンポンと頭に手を置いて、撫でてやった。
「俺は俺さ。それ以上でもそれ以下でもない」
そう言って、俺はアユに笑いかけた。
「さ、行くぞ」
俺がそう言うと、アユは顔を真っ赤にして俺についてきた。
《始まりの街》近くの平原
ゴブリンを目の前にした俺は、初期武器の《HGー1》を握りしめていた。
近くには短剣を持ったアユ。アユは、基本的にはヒーラー(回復師)だが、短剣スキルも高いため、接近戦もできる。まぁ、筋力が弱い能力構成らしいので、あまり強くないらしいが。
「じゃあ、お兄ちゃん。銃の基本戦術だけどって……お兄ちゃん!?」
俺はアユの話を聞かずにゴブリンに向かって突っ込んだ。
スキル設定の後、ステータスポイントの割り振りがあったのだが、俺はすべてを敏捷力に割り振った。
CQCをするには速度が重要だ。相手は人型のゴブリン。やれる!!
「食らえ……!」
とりあえず、オートマチック(自動拳銃)を3発撃ち込む。
システムサポートを殆どオフにしているが、俺は現実世界で実銃を発砲したことがあるため、その経験を生かし、俺は全弾当てた。
ゴブリンのHPが3割減少する。
近接武器ならノックバックが発生するが、弓や銃はノックバックが発生しない。
これが弓や銃が敬遠されている一因でもある。
「銃だけが近代戦じゃないんだよっ!!」
ゴブリンが斧を振り下ろす。だが、俺はそれを見切った。というか、親父やその仲間は銃弾をナイフで弾くような化け物だったのだ。そんな奴らとやりあった俺にとって、ゴブリンの攻撃はあまりにも遅かった。
斧を持つゴブリンの手を弾く。すると、斧を振り下ろす方向が僅かに逸れ、俺のすぐ横の地面を抉る。
俺は素早くゴブリンの鼻をぶん殴る。《体術》によるダメージが発生。
俺は更に、怯むゴブリンの足に足払いをかけた。
片足になったゴブリンに体当たりを食らわし、ゴブリンを転倒させる。
そしてその頭に銃を向ける。
「くたばれ」
俺は冷たく言い放つと同時に銃弾を放った。このゲームでもヘッドショットは有効らしく、ダメージが激増し、元からHPが半分以下になっていたこともあって、一撃で倒した。
死体は30分残るらしい。悪趣味なゲームクリエイターに対して、俺は密かに感謝していた。ミリタリー系ゲームでは死体は残るものだからだ。戦果が目に見える現象として見ることができるのは何とも嬉しいものだった。経験値とG(お金。ゴールド)とドロップアイテムを得たという表示が現れ、すぐに消えた。
「お、お兄ちゃん……? 強すぎ……!」
アユが驚愕の表情で俺を見た。
「いや、親父ならもっとヤバいけどな」
俺はニヤリとして言った。事実、俺は親父やその仲間達に勝ったことがない。
「人間じゃないよね、お父さんもお兄ちゃんも……」
呆れたようにアユは言った。
「じゃあ、次行くかな」
俺がそう言うと、アユが口を開いた。
「本当は戦闘のレクチャーをするつもりだったんだけど……必要ないよね。多分、システム外スキルなら最強だから」
アユは疲れたような声を出して続けた。
「私、ギルドのみんなに会ってくる」
「お前、ギルド入ってんのか?」
「うん。ギルド《ガールズ・ファイターズ》。女子専用だからお兄ちゃんは入れないからね?」
「まず、このゲーム、銃使い自体敬遠されてるだろ?」
「うん、まあね……でも、ソロで戦うっていう手段もあるし……」
「俺は……まぁ、頑張って銃使いを探してそいつらとギルド組むよ」
「そう。頑張ってね」
アユは兄である俺でもドキリとするような魅力的な笑顔を浮かべ、《始まりの街》へ向かって走っていった。
「さて……と」
俺は、次の獲物となるゴブリンを見つけた。
俺はいきなりヘッドショットを食らわした。一撃で7割のHPを削る。10mくらい離れているが、散々親父に仕込まれていたせいか、割と簡単に当てることができた。
ハンドガンは有効な距離が意外と短いのだ。
反撃を許さず、俺はもう一撃、ヘッドショットを食らわせた。
「さあて……死体の量産だ」
俺は殺戮モードに入った。
アユはギルド《ガールズ・ファイターズ》の仲のいい仲間に、自分の兄を紹介したくて、仲間3人と一緒にユージのところへ行ったのだが……
「な、なにこれ……」
見えたのはゴブリンの死体の山だった。
「お兄ちゃん!?」
ユージはちょうどゴブリンの死体を1体増やしたところだった。
「どうした、アユ?」
「どうした、じゃないよ!? どうやったの、これ!?」
「ああ、それね。1体1体チマチマ戦うのが面倒だから、そこら中を駆け回って30体くらい引っかけてきて、まとめて相手にしたんだ」
見れば、ユージのHPはレッドゾーンに入っている。
「ひ、1人で30体同時に?」
「うん。ああ、あと、変なスキルが手には入った……て、まだか。選択肢があって、まだ決めてないんだけどさ」
「どこまでも非常識……」
アユは思わず頭を抱えた。
「アユちゃん……これ……」
アユが引き連れた友達がビックリした顔で、惨劇の跡を見ている。
「うぅ……お兄ちゃんの仕業なの……」
アユは言いづらそうに言った。
「えーっと……アユの友達、でいいのかな?」
俺はとりあえず声をかけた。
「は、はい!」
「アユちゃんのお兄さんですか!?」
「は、はじめまして!!」
どうやらかなり恐縮されているらしいぞ、俺は。
「まぁ、よろしくね」
できるだけ優しい笑顔で俺は応対した。
「「「はい!!」」」
「……お兄ちゃん?」
俺の笑顔を見て安心した様子を見せる3人と、何と勘違いしてるのかは知らないが、ジト目で睨み上げてくるアユ。
2方向から来るギャップのある温度の空気で、俺は少し焦った。
「じゃあ……スキルでも決めるかな」
「あ、そうだった! お兄ちゃん、もしかしてそれってエクストラスキルなんじゃない?」
「なんじゃそりゃ?」
「えーっと……レベルアップとかじゃ選べないスキル、かな。それに、エクストラスキルは無限に増やせるからね。もちろん、おいそれと出るものじゃないし、βテストでも1回も出なかったらしいよ?」
「ふぅ~ん。あっ、出現条件書いてるぞ?」
どれどれ……
『自分のレベルより高いモンスター20体と同時にエンカウント状態に入り、勝利する』
『銃術を使用する』
の2種類だった。多分、銃術じゃなかったら他の選択肢が出るのだろう。
選択肢は……
《魔装銃士》と《最先端科学兵装》だ。
《魔装銃士》は、銃以外にも妨害系魔法や回復魔法を使える、というものだ。
《最先端科学兵装》は、特殊な武器を装備できるというものだ。例を書いてくれていた。《高周波ブレード》などの強力な特殊属性武器や、個人携帯用火砲や特殊な銃を使えるらしい。
俺は悩むことなく《最先端科学兵装》に決定した。説明書きを見れば、すぐに決定できることを今知った。《魔装銃士》は、俺のポリシーに反する上に、効果が微妙だ。
「まぁ、その武器を手に入れないと無意味か……」
「ああ、それだけどお兄ちゃん」
アユが口を開いた。
「持ってるスキルによって、店売りの品が変わるから、一応、最先端なんちゃらの武器も揃うと思うよ?」
「それを早く言え!!」
俺はすぐさま、《始まりの街》へダッシュした。
「お兄ちゃん……早すぎ……」
レベル的に、あそこまでの速さは実現不可能だと思ったアユだが、人外生物な兄ならアリかな、と思い直した。
《始まりの街》のNPC武器屋に突入した俺は、品揃えを確認した。
確かに、最先端科学兵装らしき武器は発見した。
だが……
「高すぎだぁぁっ!!」
普通の剣……例えばブロードソードとかは3000Gだが、最先端科学兵装の中でも最も安い《SONIC:MkⅠ》(ソニックと読むと思われる)が、300000Gだ。
ブロードソードの100倍の値段だ。一番安いので。
現在の持ち金は、虐殺の甲斐あって5000近く。
うん。死ぬほど足りない。
「くっそぉ……ゲームクリエイターの奴ら……殺してやるぅ!!」
さっき、ミリタリー系ゲームとの共通点を見つけてゲームクリエイターに感謝していた気がするが、そんなことは関係ない。
なんだ、この破格の値段。嫌な意味で。
ようやく追いついてきたアユやその仲間達も、SONIC:MkⅠの値段を見て目を見張った。
「高っ……」
「これ……少なくとも第1島で使うものじゃないよ」
「第2島攻略作戦はずっと先だしねぇ……」
「いや、少なくとも40島クラスだよね、これ」
口々に言う女性陣4人。だが、俺は諦めきれない。
「お兄ちゃん……とりあえず、強い武器買ってからそれ狙おう? ちょうど目標もできたんだから、やる気も出るでしょ?」
「やる気出すぎて1週間ぐらい連続ログインしちまいそう」
「ダメだからね、お兄ちゃん!!」
アユの声でようやく落ち着いた俺は、武器選びを開始した。
「お兄ちゃん、やっぱり銃?」
「当たり前だ」
俺が言うと、アユの友達が……
「銃って使えない武器ナンバーワンだったはずなんですけど……」
と呟いた。
彼女はネリ、という魔術師タイプのプレイヤーだ。
「使えない武器なんてないよ。使えないのはその人間が未熟だからさ」
俺は無意識にそう答えた。
「ほぇ~。なんか重みのある言葉ですね」
ツインテールの女の子が言った。彼女はリナ。レイピアを使う剣士だ。
「なんかカッコイイです……」
最後に残った女の子……ソラが俺に対して、なんだか、こそばゆくなるような視線を向けてくる。
彼女はアユと同じくヒーラーだ。
「だいたい、銃の実力を目の当たりにしたろ?」
「うん。ゴブリンがかわいそうに思うくらいに。今度からゴブリン応援するね、お兄ちゃん」
アユがジト目で睨んできた。
俺が何をした?
すると、だ。
システムメッセージ、という文字が目の前に現れた。見れば、あらゆるプレイヤーの目の前にでている。
上空が暗くなる。空を仰ぐと太陽を隠すように巨大な人影があった。
『私は《デウス》。ゲームの管理者だ。これより、このゲームからはクリアするまでログアウトできない。また、諸君らに新たな課題を与える。このゲームには第100島まである。この世界で第100島までクリアせよ。それが第一条件だ。それ以後は追って連絡する。なお、この世界の時間を360倍まで加速した。この世界の1年は現実世界の1日である。安心したまえ。いつぞやの小説のごとく、死んだら現実世界で死ぬ、なんてことはない。だが、3日間、街の病院で入院させられる上に、更に2日ほどステータスが弱体化する。あと、痛みの感覚を与える。強度は25%だ。早くこの世界から出たい者は、頑張って100島全てをクリアするがいい。また、これはまだ第1段階だ。第100島をクリアしても完全クリアにはならない。そのまま第2段階へ移行する。そのときのルールはそのときに知らせる。楽しみたまえ。では、グッドラック』
言うまでもないが、街は混乱状態に陥った。
だが、俺は。
「へぇー。死なないんだ。じゃ、いっか。言われた通り楽しみますかね」
気楽だった。デスゲーム、とか言われたら焦るけど、死なないんだったらこんな楽しい世界にしばらくいられるなんて、感謝こそすれ、怒る理由なんぞ毛頭なかった。
「お兄ちゃん!? 閉じ込められたんだよ、ゲームの世界に!!」
「だから? いんじゃね? 死なないし」
「でもね、クリアするのに何年かかるか……」
「現実世界での1日が、この世界では1年なんだぜ?」
「……………………」
アユ撃沈。その仲間達は思考エンジン停止。大戦果だ。
「じゃ、ゴブリン狩りに……ああ、まず先にステータスポイントとか、新しいスキルスロット埋めたりとかしないと」
そうして、俺は1人暢気にゲームを楽しむのだった。