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 夢、買います




獏・貘;バク


バクは、中国から日本へ伝わった伝説の生物。

人の夢を喰って生きると言われるが、この場合の夢は将来の希望の意味ではなくレム睡眠中にみる夢である。

悪夢を見た後に「(この夢を)獏にあげます」と唱えるとその悪夢を二度と見ずにすむという。

新年を迎える前に枕の下に獏と書いた紙を置き眠ると良い夢が見られるとも言われている。






「なぁ、(しずく)、」


「…んだよ」


「これ、何て読むの」




先程俺の部屋から勝手に入って引っ張り出してきた、胡坐(あぐら)をかいている足の間で開いている無駄に分厚い辞書の乳白色のペ-ジの上、此処からじゃ見えない細かい字を指さしてねぇねぇ、としつこく(すそ)を引っ張る。


いつからだろう、こんなナチュラルに下の名前を呼ぶようになったのは、前までは他人行儀でくんとか付けてたのに、まあこの方が全然良い。


大音量で曲を流しているイヤホン越しなのによく聞こえるこの高めの声は(くつろ)ぎたい今の俺には腹立たしいキ-で、よし、次から猿轡(さるぐつわ)をしようか。そうしたらきっとまあふがふが騒ぎそうだけどまだましな気がする、そうだ、そうしよう。



さて、…心にそう誓ったのは今回で合計何回目だろう、しかし(あや)の何処で鍛えたのか、出会った時に衝撃を受けたSAT並みの身体能力には何度挑戦してみても叶わずに、毎度轡をつけようとしても捩じ伏せられてしまう…畜生。


またこのまま無視を通したらヘッドロックされかねないかも、それはヤダ痛いのは嫌いだ。



表面からすこし突起する停止ボタンを押し耳から外して、膝に乗せていたノ-トパソコンを閉じ湯気が立つカップを避け少し遠めの机の上へ移動して、ほらよこせと手を差し出す。


ここだよ、と細く長い指が指し示す場所は、…貘の文字




……おい、こいつ頭到駄目になったか。


この;の隣りに見えないのか、同じ大きさで片仮名が書いてあるだろうが。


しかし言う気も失せて深いため息しか出てこない、理由はまぁ上のもあるけどそれより以前に、だ、




「…お前自分の(しょく)は何だ、漢字くらい覚えとけよ馬鹿」


「馬鹿っていうな馬鹿って!」




ここで馬鹿に異様な反応をしないで欲しい、本当のことなんだから。





「じゃあエセ外国人」


「一応外人だってば!」


「で…職は?」


貘屋(ばくや)ですがナニカ!?」





はい良くできました、頭をからかい気味に撫でてやる。


綾が言った貘屋、それは給料で言ったら公務員やらOLやらとあんま変わらない月給制でたまにボ-ナスが付く職業、消して極悪企業とかではない。


しかしこれは、普通(・・)の職と同じにしてはいけない。


貘屋が扱う仕事は、書類やら金やら商品やらのような実態が有るものでなく無いもの、主に〝夢〟だ。





人の夢を喰って生きると言われるが、この場合の夢は将来の希望の意味ではなくレム睡眠中にみる夢である。

悪夢を見た後に「(この夢を)獏にあげます」と唱えるとその悪夢を二度と見ずにすむという。




…まぁ、貘って言えば一般じゃあそう言われてるよな。


けど、ただのお伽噺(とぎばなし)の一つにすぎない、妄想により生み出された現実世界に存在しない生き物。


う~ん、ちょっとそれは違う、かな。


まずお伽噺とか空想の中にしか存在しないもの…じゃなくて、古代から普通の人によって密かに組織される世界的な裏会社であって、しかしその存在を知る者は数十年前まで殆どいなかった。


今は通信手段、コミュニティ-としてインタ-ネットが便利だよな、そこの巣穴に少しの情報が漏れてから噂されるようになってしまった、そして今はもう忙しすぎて今日が1か月ぶりの休み…いや、それ以上か。


年末とは比べ物にはならないけれど日々が忙しい。


俺たちの組織、貘屋で働く者は〝貘人(ばくびと)〟と総括で呼ばれ、総人数は不明だが極少人数らしい。


その中の一人のはずの俺も、今一緒に居る綾も詳しい事は全然知らない、上司と言う人は電話で話したりメールしたりするから取り合えず居るものの、顔も見たことが無いという何とも不思議ばかりな組織。


社員すらも詳しい事が聞けない、信憑性のない謎謎謎ばかりで埋め尽くされている職。


綾とはこの職について少ししてから偶然出会い仲良くなった、今じゃル-ムシェアする仲間だ。



綾がまたぎゃあぎゃあ騒ぎ出す前にもう一度ネットダイブしようとするが、パソコンを開く直前聴き慣れた電子音が指のリングから響き渡る。


これは手電話といい、会社から支給されるものらしい。




「雫、手電(てでん)来ちゃったよ」


「ち、また休み返上かよ」


「え~、手料理楽しみにしてたのになぁ…」


「またな」




唐突に始まりいつ終わるかは分からない、迷路のような仕事、だからこそ、良いんだよな、飽き症の俺にはぴったりだ。


人差し指と小指だけを立てて耳に添える、この音の向こうにはどんな客が待っているのか、


さぁ、商売の時間だ。




「Hello? This is Bakuya.」








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