【01】 始まりは追いかけっこから - ①
【01】
幾つもの足音と、生徒達の楽しげな声が聞こえる校舎。
遊んで騒いだり、友達と喋ったり、次の授業のために違う教室に移動したりと、各々が好きなように昼休みを過ごしていた。
賑やかで、どこか穏やかな、どの学校にもある休み時間の風景。
その中に、一段と賑やかな二人が居た。
賑やかという表現を超え、煩い程に大きな声を出している。
「そこどけぇっ!!」
冷たい床を踏みながら、必死で廊下を疾走するひとりの生徒。彼は、後輩である生徒たちの脇を、ぶつかりそうになりながらも駆けて行く。
しかし、彼の声が聞こえなかったのか、彼の走る軌道から外れなかった生徒がひとり。
制服からして女子。その女生徒は、彼の足音に気づいたのか、後ろを振り返る。
彼と生徒がぶつかるまで、あと数十センチメートル。
危うく体当たりされる所だった女生徒は、小さく悲鳴を上げながら、反射的に身を引いて衝突を避けた。
彼は女生徒に構う暇もなく廊下を駆けていった。
「び、びっくりした……」
「また追いかっけこかぁ?」
当たらずに済んで良かったと安堵する少女の横で、もう一人の少女が男の口調でぽつりと呟いた。
そう、“また”なのだ。彼が昼休みに廊下を全力疾走するのは。
これは今に始まった事ではない。校則違反である廊下の走行も、誰も咎めない。もはや日常と化していた。
女生徒二人が階段を下りようとする彼を目で追っていると、その傍を再び誰かが走り抜けていった。
「うぎゃっ」
次にぶつかりそうになったのは、男らしい口調の女生徒だった。
彼女も先程走って行った彼と同じく、女生徒に構う事なく去って行く。
女子であるにも関わらず、足の速さは先程の彼と同じか、それ以上だ。
「よく飽きねぇでやってるな」
「でも、あんなに速く走れるなんて凄いね」
騒がしいと思いつつも、二人は決して怒ってはいなかった。
感じるのは呆れ。少しの苛立ちもある。だがその苛立ちは、慣れという二文字のものに消されつつある。代わりに、呆れも怒りも通り越した感情――感心が湧いてきているのだった。