一週間遅れのバレンタイン
「どうしようこれ」
仰向けでベッドに横たわりながら右手を天井に向け、持っている小箱を確認する。箱の表面はプラスチックの蓋となっていて中が見える。
ハート形の高そうなチョコレート。
どう考えてもバレンタインチョコだよなぁ。
男としてチョコを貰えたのは嬉しいけど、果たして本当に喜んで良い物なのか。
だってこれが僕の机の中に入っていたのは今朝の事。
バレンタインから一週間も経ってからなんだもん。
本当にバレンタインのチョコなのだろうか。
どうして一週間も経ってからなのだろうか。
問題はそれだけじゃない。
「何度見ても……無いよなぁ」
差出人の情報が何処にもない。
メッセージカードが付いていたけど、そこには『すキ』の二文字が書かれているだけで、そもそもプレゼントの相手が本当に僕なのかどうかすら分からない。
「仕方ない、相談するか」
友達が少ない僕だけれど、一人だけ仲が良い男友達がいる。
ここ大事、男友達だからね。女友達でその子からのチョコなんて展開では決してない。
『今良い?』
『例の話か?』
スマホでメッセージを送ったら即行で返事が来た。
僕が何かに悩んでいることだけは学校で伝えてあるんだ。
でも詳しくは話してない。他の人に聞かせるような話じゃないからね。
だってそんなことしたらチョコをプレゼントしてくれた人が嫌がると思うから。
とはいえ一人で悩んでいても答えは出ないので、信用できる友達に相談してみることにしたんだ。
「あれ、信用?」
相談相手はセンシティブなことを軽々しく口にするような人ではないけれど、それ以外では口が軽くふざけたことが大好きで、ある意味信用できない人だってことを思い出した。
『もしかしてユグの仕業じゃないよね?』
『何のことだ?』
『ユグならやりそうなことが起きたから』
『安心しろ。今回は何もやっていない』
『ということは前回のはやっぱりユグの仕業だったんだ!』
『黙秘権を行使する』
まったくユグったら。
今回の話だって本当に何もやってないのか怪しすぎる。
でも僕が本気で悩んでいると分かれば隠し通すことはしないだろう。ユグはそういう人だ。
ひとまず話を進め、気になっていることをユグに伝えた。
『爆発しろ』
『できるものならしたいんだけどね』
『そのためには相手の特定が必要か』
『そういうこと』
できれば盛大に爆発できるような相手が良いなぁとか思うけれど、あまりにも都合が良い考えだということは分かっている。僕がそんな期待が出来るような人間であるなら、高校二年になるまで彼女がいないなんてことにはならないだろうからね。
『ブツが設置されたのは昨日の放課後から今朝までの間なのは間違いないんだな?』
『ブツって言わないで。そうだよ間違いない。昨日帰る時に机の中の教科書を沢山家に持って帰ったの覚えてる』
『教科書を持ち帰る……妙だな』
『なんでさ。昨日は難しい宿題が出たから仕方なかったんだよ』
『家で宿題をやる……妙だな』
『少しは勉強しないとテストで酷い点とってゲーム禁止にされるよ』
『大丈夫だ。テスト前にお前に教えてもらうから』
『ダメだこいつ』
そんなんじゃ定期テストはどうにかなっても受験で困ると思うんだけどな。ユグったらやれば出来るのに勿体ない。
おっと、今はそんな話をしている場合じゃなかった。
『しかし厄介だな』
『何が?』
『人気が無い時間帯にブツを入れたということになると、クラスの女子とは限らなくなる』
『他のクラスの女子が入れに来たってこと?』
『ああ、先輩や後輩の可能性だってありえるな』
『う~ん……仲の良い先輩や後輩なんていないんだけどなぁ』
『まるで仲の良い同級生女子ならいるかのような言い方だな』
『だったらこんな相談なんてしてないよ』
『知ってる』
わざわざ僕にモテないことを言わせたかったんだろう。
明日会ったら一発殴っとこ。
『心当たり無いのか?』
『無い』
『最近誰かを助けたとか』
『無い』
『隣の席の女子と話すとか』
『隣は男子。そもそもこの数か月クラスの女子と話をした覚えも近づいた覚えもない』
『枯れてんなぁ』
『人のこと言えないよね?』
『うっせ。なんか良いことしてそれを見られたとかねーのかよ』
『全く無いよ。家にさっさと帰ってゲームするだけの毎日だもん』
『じゃあ一目惚れ、はあり得ないか』
『僕もそう思ってるけど明日ぶん殴るから覚悟してね』
『さーせん』
僕がそんなこと出来ないと思ってるのか謝り方が雑すぎる。本気で殴ってやろうかな?
『そんだけ心当たり無いなら、いたずらとかじゃねーのか?』
『つまりやっぱりユグの仕業と』
『絶対に俺じゃない。他の奴じゃねーのか?』
『僕って教室じゃ割と空気だからなぁ』
『世の中にはそういう奴をターゲットにして揶揄おうとする奴らもいるさ』
分からなくはないけれど、今回に限っては違うと思うんだよね。
『メッセージカードが無ければそうかもしれないんだけどね』
『そんなの簡単に偽造できるだろ』
『でもそれならもっとマシな文章を書かない?すキ、だよ?』
『もしかして誤字じゃなくてマジで二文字目カタカナなの?』
『スマホでこんな誤変換にならないでしょ。本当にそう書いてあったの』
『なんじゃそりゃ』
ただ、もしかしたら僕の勘違いかもしれないとも思ってる。
『あるいは、ひらがなの『き』を途中まで書いたのかも。カタカナというよりもそっちの方が雰囲気的に近い気がする』
『意味わからん。どうしてそんな中途半端なメッセージを添えたんだ?』
『いたずらならこんな変なメッセージにしないでしょ』
『たし蟹。俺ならお前をキョドらせるくらい甘い文章にする』
バレンタインチョコだと思わせて相手を揶揄うのであれば、なるべく分かりやすい表現にしてドキドキさせるべきだと思う。だからこんな違和感を覚えてドキドキを阻害するようなメッセージは揶揄い目的ではないっていう証拠になっている。
『だがマジチョコだとしてもそれはそれで変だろ』
『そうなんだよね』
本気のチョコレートであれば、意図が通じないメッセージを添えるのは変だ。
揶揄い目的のいたずらであっても、意図が通じないメッセージを添えるのは変だ。
どちらも当てはまらないとなると、一体これは何なのだろうか。
『それにどうしてバレンタインデーから一週間も経ってからなのかも分からないんだよね』
『綺麗にラッピングされてたんだよな?』
『うん』
『手作りチョコ?』
『店売りのチョコ。でもバレンタイン用の特別なものだと思う』
『ならバレンタインの前に購入したと見るべきか』
『バレンタイン直後ならまだしも、今はもう売ってないからね』
バレンタイン前に購入したのであれば、バレンタインの時に渡してくれれば良かったのに。
『単に恥ずかしくて後伸ばしになってしまっただけじゃないのか?』
『やっぱりそうなのかな?』
『本気チョコだったらの話だがな。それだったら羨ましすぎて許さないが』
『許してよ』
『いいや許さん。だって一週間経ってタイミングを逃しても、それでもやっぱり渡したいってことなんだろ。超好かれてるじゃん。許せん』
なるほど。
確かに遅れてでも想いを伝えたいという気持ちは本気の証とも言えるかも。
是非ユグに許されない結果になって欲しい。
『結局メッセージカードの秘密を解かないと答えは分からないわけだ』
『そうなんだよ。何か分かることある?』
ここまでは僕一人でも分かる話。
でもどれだけ考えてもメッセージカードの謎が解けないんだ。
だからユグに相談したのだけれど、その判断は正しかったみたい。
『普通に考えたら、メッセージカードは書きかけってことだよな』
『うん。もしかして僕の席にチョコを入れる時にこれを書いてて、誰かが来たから焦って途中で止めて入れちゃったとかなのかな』
『チョコをバレンタインデー前に用意してあったなら、メッセージカードも用意してあっただろ』
『忘れててメッセージカードだけ後で用意したとか?』
『だとしても普通は事前に書くだろ』
『だよねぇ』
それにもしギリギリでメッセージカードを用意しようと思いついたとしても、バレンタインデーから一週間も経っているので、もう一日時間を取ってメッセージを用意しても良いはず。
だから焦って途中までしか書けなかったっていうのはどうにも不自然なんだ。
『なら逆転の発想をしてみるか』
『逆転?』
『途中までしか書けていないのは焦っていたわけじゃなくて、それで完成だと思ったってことさ』
『そんなことある?』
だとすると、この『すキ』っていうメッセージにどんな意味があるのかな。
『あるさ。ひらがなを勉強中の幼女とかな』
『は?』
『だからお前は幼女に好かれたのさ』
『幼女に会ったこと無いんだけど……』
『それこそ一目惚れかもしれん。道を歩いているお前を幼女が偶然気に入った。そのくらいなら許せる』
『許せるかどうかで判断しないでよ。それにもしそうだとしても、どうして僕の席にチョコが入ってるのさ』
『そりゃあお前、その幼女に頼まれて家族か親戚かが代わりに入れたんだろうさ』
あれ、無茶苦茶な理屈かと思ったけど、案外筋が通ってるのかも。
だってそうだとすると、あの疑問にも説明がつくし。
『もしかして一週間遅れなのは、勘違いされたくなかったから?』
『だろうな。もし当日誰かに見られたら、本命チョコ渡しているのかと疑われるからな』
好きでもない相手にチョコを渡し、好きだと勘違いされる。それは絶対に避けたいことだろう。だから時期をずらして、万が一見つかっても言い訳できるようにしたんだ。
メッセージカードが『すキ』だったのは幼女が文字をまだ分かっていないから。
チョコをバレンタインデーの前に買ったのは幼女と一緒に選んだから。
それなのにバレンタインデーの一週間後に渡したのは誤解されたくなかったから。
幼女が差出人だと仮定すると、全部説明がついてしまう。
『天才か?』
『天才だ。だから年度末テスト助けて』
『助ける助ける。超助ける。マジでスッキリしたもん』
もちろんまだ違う可能性はあるけど、確実な答えなんて分からない。でも不可解な現象に対する納得できる理由を見つけて安心できることが重要なんだ。
『それならそうと、説明して渡してくれれば良かったのに』
『そんなことしてもお前それ信じられるのか?』
『照れ隠しだと邪推してしまうかもしれない、か。それは嫌だよね』
『そういうことだ』
なら僕に出来るのは、これを受け取ってメッセージを送ってくれた幼女に感謝することだけ。
実は単なる人間違いなんて可能性もあるけれど、それはそれで僕は気にしなくて良さそうだしね。
明日から疑心暗鬼にならずに普通に過ごせそうだ。
相談して良かった。
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「よっ、色男」
「いやぁ、モテる男は大変だよ」
登校中、ユグが近寄り揶揄って来た。
「ガチだったら友情終わってるところだったからな」
「終わってたらテスト勉強見てやれないね」
「そ、そこはほら、相談料でなんとか」
「そういう情けないところがユグがモテない理由だと思うよ」
「なんだと!そんなこと分かってらぁ!」
「分かってるのかい」
なんて風にじゃれ合いながら登校していると、背後から声をかけられた。
「あ、あの!」
振り返ると一人の女子生徒が立っている。
制服のリボンの色からして後輩だろう。
「ごめんなさい!」
「え?僕?」
その子は僕の前に立つと、綺麗に腰を折って謝罪した。
一体何がどうなっているのだろう。全く面識が無い子なんだけど。
「これなんですけど……」
「え!?」
上半身を起こして彼女が僕に差し出したのは、例のチョコについていたメッセージカードと同じデザインのものだった。
「間違えて姪が書いたのを渡してしまったんです」
「姪?」
「はい。こっちが本当に渡したかったものです。う、受け取ってください!」
「え?あ、うん」
勢い良く差し出されたカードを反射的に受け取ってしまった。
「そ、それじゃあ失礼しました!」
「え?あ、行っちゃった……」
彼女は顔を真っ赤にしながら焦った様子でどこかに行ってしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
突然何が起きたのか。
ユグと二人並んで立ちながら呆然と彼女が去った方向を見ていた。
でもいつまでもこうしているわけにはいかない。
僕は彼女から渡された本当のメッセージカードを開く。
「…………ガチなやつだ」
そこに書かれていた内容は、とてもとてもとっても甘いものだった。
どうしてそうなったのかの理由付きで。
「…………可愛かったな」
「…………うん」
「…………胸大きかったな」
「…………うん」
「…………本気っぽかったな」
「…………うん」
そういえば昨日ユグがこんなことを言ってた。
『いいや許さん。だって一週間経ってタイミングを逃しても、それでもやっぱり渡したいってことなんだろ。超好かれてるじゃん。許せん』
いやぁ、僕って超愛されてるなぁ。
「よし、逃げよう」
「待てやコラァ!」
「君との友情は忘れないよ」
「許さん!絶対に許さん!せめてテスト勉強だけは助けてくださいお願いします!」
ユグの情けない叫びを背に、僕はこれからの華やかな人生に想いを馳せる。
幼女じゃなくて良かった!




