秘めたる戦火
「そのままの意味です」
「……そんなことはあり得ない。父はそんなことはしない」
彼は断言する。
だが、その声は微かに震えていた。
「……ヴァン様、本当はあなたが一番その可能性に気付いていたはずです」
「そんなことは!……」
「いえ、帳簿の情報、生き証人の黙秘、当時の戦況。すべて加味して考えれば確信こそできなくても可能性は浮かびあがったはず。あなたはその可能性を無意識に否定していた」
「!?」
彼の顔には答えがあった。
「……怖かった」
彼は独白のように語りだす。
「真実が…」
「ヴァン様……」
「父が何をしたのは分からない……だが、故意に犠牲を強いていた可能性があると思うと、恐ろしかった」
私には黙って聞いていた。
「だから、自分の手で真実を暴くのが怖かった。おそらく父は気付いてたんだろう。俺が恐れていることに……」
「ああ、気付いていたさ」
後ろから声がして振り向く。
そこにはヴァン様そっくりな男性が立っていた。
「父上!?」
この方がヴァン様の……
「……すまなかった」
「……なぜ謝るのですか?」
ヴァン様のお父様は少し顔を曇らせる。
「私は怖かったのだ。自分の罪を知られるのが」
「父上……」
私はどうしても納得いかないことがあった。
「私はなぜ、それほどに罪に思われているのか、納得いきません」
「……君は知っているのだろう?何が当時あったか」
「はい……取引されたのですよね、敵軍と」
「取引だと?」
ヴァン様は額に汗をかいていた。
それほどに、その内容は刺激的だった。
「どういう事なんだ!?」
「ヴァン様。考えてみてください。まずは帳簿のおかしな過剰な食料の購入。ニビアの人口を考えても過剰な量でした」
彼らは黙って聞いていた。
まるで確認作業に集中するように。
「そして次に生き証人。当時の補給部隊員の反応。彼は私が「食料は本当にニビアに渡すものだったか」と聞くと、動揺していました」
私は一息置いてさらに続ける。
「そして、当時の戦況。戦争はお互い食糧難で膠着状態。そしてニビアは食糧難で防衛力はなかった」
「……そういう事なのか?」
「はい。お父様は敵軍がニビアに食料を目当てに、攻め込むのを防ぐためにあえて敵軍に食料を渡したのです」
その真実はとても口に出せば余計に重かった。
だが、納得いかない。
「私は、お父様の言葉を思い出していました」
「私の?」
「はい、「余計な火種は消すべきだ」と言う言葉です。これは、これ以上戦火を広めたくないと言う、戦争をよく知っているお父様だからこその言葉で、苦渋の決断だったことを示唆しています」
「そこまで見抜かれていたか……」
お父様は黙り込み、険しい表情をしていた。
その顔はいつまでも残っている傷だからであろう。
「父上……本当なのですか?」
「……ああ、彼女の言ったとおりだ。当時、敵軍は食糧難を解決するためにニビアに進行をしようとしていた。だが、他のところならともかく当時のニビアは防衛などままならないほど弱っていた。もし、敵軍が入れば蹂躙されるがままだった。それを私は見過ごすことはできなかった」
お父様の手は強く握りしめているからか指先が赤くなっていた。
「それで取引を?」
「そうだ。陛下に申し出て、了承をもらい、秘密裏に敵軍の指揮官と連絡を取り、取引をした。彼らも相当苦しんでいたのだろう。すぐに返事はきた。そうして表は敵軍に襲われたように見せかけて食料を渡した。それが真相だ」
ヴァン様はただ黙っていた。
そのことを受け止めるように頑張っているのが表情で分かる。
だから、私は最後にひと押しすることにした。
「私は最後まで分かりませんでした」
「何がかね?先程の説明ですべてだったのではないのかね?」
「いえ、一つだけわかりません。それは食料の異常な数です。いくら何でもあの量は敵軍で消費するのは無理ですし、だからと言って敵軍全体にいきわたらせるのは、無理があります。つまり余りが出ます」
「……」
「もしかして、わざとだったのではありませんか?」
「……」
お父様は否定も肯定もしない。
「それは……まさか!?」
「はい、お父様はわざと陛下に多く食べ物を申請して、少しでもニビアの住民に渡せるようにしたのです」
私は初めにこの違和感に気付いた。
数の異常さ、そこから叩き出せるのは消費が出来なくて余る。その結果、どこに得が行くのか。公爵家には必要がない得。それの行き先を考えた。
その結果、さきほどの仮定に行きついたのだ。
「…君はティア殿そっくりだな?」
「よく言われます」
「ああ、よく似ている。その優しく、決して表面に出さない、熱い気持ち。その目が教えてくれている」
「あなたは決して責められる人ではありません。むしろ誇るべきことです。だから、お願いです。いつまでもお元気でいてください」
「!?……」
お父様の目が軽く揺らめく。
「リアリスどういう意味だ?」
「ヴァン様。お父様は、死ぬつもりだったのです。ことがあなたに暴かれたその日に」
「父上…」
ヴァン様の手は震えていた。
その事実はその状態にするには十分だった。
「……本当にそっくりだな……」
彼は窓際に行き懐かしそうに語る。
「ティア殿にも言われたよ。馬鹿な真似はやめてください、とね」
「母なら言いますね…」
「ああ、あの時のティア殿は、妻の怒ったとき並みに怖かった」
お父様は軽く微笑む。
「……なぜわかったんだね?」
「母にはよく、あることを聞かされていました。「行き過ぎた後悔は自分を殺す」と」
「そうか…ティア殿がそんなことを」
お父様は少し悲しそうだが、先程までの影が自分自身を飲み込みそうな雰囲気はなかった。
「父上、私は誇りに思います」
「ヴァン…」
少し顔をあげた、その強い眼差しには先程までの迷いはなかった。
「確かに恨まれても仕方ない事です。ですが、その判断は決して簡単なものではありません。合理的な理由だけではありません。感情という壁を乗り越えなければいけません。父上はそれに打ち勝ったのです。ですから誇ってください」
「……ありがとう」
お父様はただ窓の外のニビアのある方向を眺めながら小さく言う。
その心は何を感じているのかわからない。
ただ、きっとお父様は後悔も悔しさも忘れない。
その背中は、十字架を背負って、それでも生きていく、そういうお父様の答えに思えた。
数日後。王城。
王は窓から遠い地平を見ていた。
ニビアの名が、報告書の端に滲んでいる。
「火は消えた、か……」
そう呟きながら、王は別の封書を取り出す。
宛名は、まだ書かれていなかった。




