月明かりの下で
その日は月が雲に隠れていた。
「涼しい……」
私はバルコニーに出て椅子に座っていた。
星は眩しいほどに光っていた。
「眠れないのか?」
「ヴァン様……」
旦那さまは向かいの椅子に座る。
「少し考えていました……」
「今日のことか?」
「はい……」
旦那様の熱を確かに感じる。
その熱は温かくて包むようだった。
「私は託されました……ですが…」
託された意味とは?
ギャレット様は一歩踏み出した。
私はただ選んだだけだ。
「なにも前に進むだけが結果ではない」
彼は星を見ながら告げる。
「そうでしょうか?…」
「ああ、進む決断は大きな勇気がいる。だが後退する決断も、選ぶ決断も同じように大きな勇気がいる。それに変わりはない」
雲は進み続け、月明りが二人を照らす。
「決して君の決断を君にも否定させない」
まっすぐな瞳がこちらに向かって向けられる。
その瞳には確かな星があった。
「……ありがとうございます」
「気にするな」
虫の鳴き声だけが空間に響く。
それは心地よくハウリングしている。
「リア」
虫の鳴き声は強くなり場を盛り上げているようだ。
「結婚しよう」
夜風は冷たく、少し強めに私の髪をさらう。
「してますよ?」
彼にしては珍しくこんな冗談を言うなんて……
「疲れてますか?」
「い、いや!?そうじゃなくてだな!」
「???」
「はあ、気付いてもらえないのは精進が足りないのかもな……」
「????」
彼は何かぶつぶつ言っている。
その声は虫の鳴き声でよく聞こえない。
「まあ、いいリア。よく聞いてくれ」
「は、はい」
彼のその真剣な目に当てられ体が固まる。
「君のことは前も言ったが、もう家族同然だ。君が望むならいつまでも居ていい」
「はい」
「だから、言うが君は遠慮しすぎだ」
「遠慮ですか?」
「ああ、気になることがあるのなら聞いていいし愚痴を言ってくれてもいい。俺は逃げない」
星は光を増し、月はまた雲に隠れる。
「そんな…恐れ多い」
「言ったはずだ。家族だと。家族は引き留め、結び、解けない。だから遠慮などするな」
風が強くなり雲は進む。
星も隠れあたりは暗くなる。
「家族だからです……怖いのです」
「怖い?」
「はい……」
私が家族と言う枠組みに入っていても守りたい人に入ってないことが。
大切な人でないことが。
本当の妻ならそんな不安はなかったかもしれない。
だけど、私はかりそめの妻だ。
「もし、あなたに好きな人が出来て、離婚になったら私は家族ではいれない。それが怖いのです」
「リア……」
暗さは増し二人を闇が包む。
もうお互いの顔は見えない。
「誓う。俺は好きな人を作らない」
「そんなことはいけません!?」
顔が見えないからどんな表情か分からないが、声でその本気度は分かる。
「俺は誰か一人でも家族が苦しいのなら、それを許さない」
「でも、それでは……」
彼は永久に好きな人と結ばれない。
そんなのは私だっていやだ。
「それなら、こうしよう」
そう言って旦那様は闇の中私に近づく。
その瞬間、虫の鳴き声は止み、雲からは月と星が出て明るくなる。
近づいた旦那様の顔は思った以上に近かった。
「もし、将来、君がよければ本気で結婚してくれ」
「え?」
月明りに照らされた彼の顔にまさに夜に輝く星だった。
「わ、私でいいのですか?」
ヴァン様は少しだけ視線を逸らした。
「君じゃなければ……務まらない」
なるほど。
公爵家の妻として、という意味ですね。
「わかりました」
「ほ、本当か!?」
「はい!その時は公爵家の妻として立派に務めさせていただきます!」
彼は固まっていた。
何か間違っただろうか?
「は、はは。嬉しいな…」
旦那様は肩を落とす。
何か違ったのか分からない。
「大丈夫ですか?」
「ああ、リアらしくて何だか安心したのさ」
「??、それならいいのですが」
夜は進む。
その月明りも星明りもいずれはなくなり太陽が昇る。
それは、明けない夜などないと教えてくれているようだった。
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