辺境の貧乏貴族令嬢リアリス
「パパ。ここ間違ってる」
「おお、すまないな。リア」
私、リアリス・フォン・アリューゼは帳簿と戦っている。
うちはド田舎辺境貴族だ。そして、帳簿を付ける役人も雇えないほど貧乏だ。
「…いつ終わるの……」
「す、すまない。五時までにはなんとかな?」
今は一時。つまり最悪、あと四時間はかかるわけだ。
「はあ」
こういう日は珍しくない。
とはいえ、私はさすがに疲れていた。
それは朝の出来事が絡んでいる。
今朝。
「リ、リアリス!!」
「どうしたのパパ?」
「お前宛に結婚の申し出が出ている!!」
「え?」
私に?
アリューゼ家は、代々辺境を任されている貧乏貴族で代々庶民と結婚している。私のママも元庶民だった。
そんなうちに結婚の申し出?
「パパ、お酒はほどほどにして」
「ち、違う!?本当なんだよ!これを見てくれ!」
パパの手には公爵家の刻印がされた手紙が握られていた。
「確かにそれは公爵家の刻印…」
「内容はなんて?」
「礼儀でたくさんいろいろ書かれていたけど、省略すると「リアリス嬢に結婚を申し込む。明日にはうちに来てくれ」とだけ書かれていたよ」
「……変ね」
「や、やっぱり!?」
「パパ考えて、うちと縁を結ぶメリットのママはもういないわ。なのになぜかしら?」
「そうだね。ティアがいたら、話は別だったんだけどね」
そうして考えていたが、手掛かりは少なくて答えは出ない。
その代わり大切なことは思い出した。
帳簿だ。
「パパ!帳簿の整理は明日やる予定だけど一人で大丈夫?」
「……た、助けてくれ!リア!」
そうして、私は違和感を放棄したまま今戦っていたのだった。
そして、格闘すること四時間後。
「やったーー!」
「終わった…」
窓からは小鳥の鳴き声が聞こえる。
「はあ、もう寝れないわね」
「ははは……」
仕方なく私は化粧で隈をごまかし公爵家に行くことになった。
そうして馬車に揺られること一時間。
「お、大きい……」
馬車を降りると、そこには大きな門があった。
そして、その奥には庭園があり、さらに奥に公爵家があった。
「ふふ、今日は命日かもね…」
私は一人死期を悟っていた。
「リアリス様。お待ちしておりました。今回のご案内を任されました、マシューと言います」
声が掛けられそちらを見ると、イケメン騎士の男性が背筋を正してお辞儀をしていた。
その顔はまさに美男だった。肌も騎士の肌とは思えぬほど綺麗だった。
「どうかしましたか?」
「いえ、ご案内お願いできますか?」
「はい。ついてきてください」
そうしてマシューの後をついていく。
「マシューは庶民から応募して受かった騎士なの?」
「はい。昔から騎士に憧れていまして」
庶民が、あの綺麗で、正しいお辞儀をした?
「そう……ところで、この屋敷には礼儀作法をできる人は何人いるのかしら?」
「えっと、執事のジュエルと旦那様だけになります」
……なるほど。そうか…
「ねえ、マシューさんは手が綺麗ね。よく見せてくれる?」
「は、はい、いいですよ」
そういって、彼は手のひらを見せてくれる。
そこには剣だこがびっしりあった。
それは、綺麗な手には不釣り合いだった。
「ちなみにジュエルさんは剣はやるのかしら?」
「いえ、ジュエルは事務の天才ではありますが、剣の腕はからっきしですね」
「そう……面白いのね。公爵家は」
「??」
マシューは困惑していた。だが、すぐ笑顔になり案内を続ける。
「こちらが応接間になります。旦那様は少ししてから来られますのでしばらくお待ちに……」
そうしてマシューは出ていこうとする。
「もういるのに、なぜ出ていくのですか?」
「はい?何を言って…」
「庶民はあんな綺麗なお辞儀は出来ませんよ?公爵様」
「……いつから気付いていた?」
彼は先程の人がよさそうな顔ではなく、面白そうな顔を出していた。
「確信したのはジュエルさんが剣をできないと知ったときですね」
「……そうか、剣だこか」
「はい、その手は騎士にしては、綺麗すぎます。そして、その手に不釣り合いな剣だこ。そして最初のお辞儀。すべてを加味すればおのずと答えは出ます」
「やはり正解だな……」
「……それはどういう意味ですか?」
「俺はお前のその切れる頭が欲しい」
「……はあ、予想はしていましたが、私は母ほど頭は切れませんよ?」
「それでも、今はないものねだりより、あるものが欲しい」
「……公爵様はいったい何をお望みなのですか?」
「事件の解明だ」
「事件?」
「ああ」
公爵様はテーブルに書類を投げる。
「これは?」
「今まで、我が家の領地で起こった、事件の報告書だ」
「これすべてがですか?」
「ああ」
その数は二桁はあった。
「うちはある有名な商会と定期的にやり取りしていた。だが、その商会の商人が配送途中で相次いで死んでいた。そしてこれとまったく同じ事件が過去にあったんだ」
過去の事件?
「つまり、今回の結婚のお申し出は事件解決のために?」
「話が早くて助かる」
彼はニヒルに笑う。その笑みはとても嫌な気配がした。




