第08話 朝露と緑の恩返し
頭が真っ白というヤツだな、まだハッキリとした痛みも来ない。
身体の感覚がどこか他人事で、遠くで起きている出来事を眺めているような気分だった。
「ハハハッ、これは……片付けは明日だな……」
乾いた笑いが口から漏れる。
我が家の周りだけが、嵐の後のように無数の木片と小石で散らかっていた。壁に突き刺さった欠片、踏み荒らされた土。
先程の攻撃がどれほどのものだったのか、今になってじわじわと実感が湧いてくる。
足を引きずりながら入り口へと向かう。
扉に手を伸ばした瞬間、中から勢いよくドアが開いた。
「ケイゴさん……!」
シーリアが駆け寄ってくる。そのまま胸に飛び込んできて、ぎゅっと抱きついた。
小さな身体が震えている。声も出さず、ただ必死にしがみついてくるその様子に、胸の奥が締め付けられた。
「あぁ、シーリア。……ただいま」
頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。
もう大丈夫だ。そう言い聞かせるように、もう一度抱き返した。
「ははっ、イテテ……参ったな。今日は夕食の用意、出来そうもないな。スープの残りがあったはずだ。温めて食べてくれ」
暖炉の前に腰を下ろす。
パチパチと薪が弾ける音が心地よく、張り詰めていた神経が少しずつほどけていくのが分かった。
安心した反動のように、足に鈍い痛みが一気に押し寄せる。
呼吸が詰まり、額にじっとりと汗が浮かんだ。空腹などどうでもよくなる。
「そんな事……それよりまずは怪我を……」
シーリアはそう言うと、慣れない手つきで薬草を取り出し、鍋に水を張る。
俺がいつもやっていたのを、ちゃんと見て覚えていたのだろう。
薬湯を口に含む。
苦い。思わず顔をしかめる。
「こんなの飲んでたんだな……」
文句を言う間もなく、シーリアはすり潰した薬草を布に包み、湿布を作ってくれた。
腫れて熱を帯びた足に当てると、ヒヤリとした感触が心地いい。
「有難う、はははっ。シーリアとお揃いだな」
冗談めかして言うと、シーリアは呆れたように、でも少し安心したように笑った。
その笑顔を見て、ようやく胸の奥が少しだけ軽くなる。
「ケイゴさん……キー助ちゃんは?」
「あぁ……仲間が連れて行ったよ。多分、パパたちだろうな。本当に良かった」
「そう……ですか。……良かった」
それきり言葉は途切れた。
いつもなら何かしら音がしているはずの時間が、静かに流れていく。
二人で暖炉の火を見つめる。
心にぽっかりと穴が開いたような感覚。ダメだろ、喜ばなきゃ。無事だったんだ。
それでも。
別れがあまりにも突然過ぎた。
俺もシーリアも、この気持ちを受け入れるには、もう少し時間が必要らしい。
翌朝。
薬草が効いているのか、腫れは昨日よりずいぶんマシに見えた。
立ち上がって体重をかけても、何とか耐えられる。これなら動けそうだ。
魔力による身の守りを試す。
……良かった、使える。どうやら睡眠によって回復するらしい。
「衛兵め……重要な事を伝え忘れるとは。死ぬところだったな」
小さく愚痴をこぼす。
まあ、聞かなかった俺も悪いか。
厨房から物音がする。
シーリアだ。
「おはよう、すまないな。寝すぎたようだ」
「おはようございます。怪我は大丈夫ですか? あまり無理しないでください」
「あぁ、ありが……いや、お互い様だろ?」
シーリアが作ったスープをよそい、食卓に並べる。
キー助はよく食べたからな。今朝は、いつもの半分だ。
「キー助ちゃん、面白かったなぁ。ゴブリンと一緒にすごしたなんて、言っても信じてもらえないです」
「そうなのかい? コボルトとゴブリンは仲が悪いのかな……家族に言っといてよ。いい奴も居るって」
シーリアも、必ず家族の元に送り届ける。
次にチャドが来るまでに、出来る限り情報を集めておこう。
「……何か、外が騒がしいな。ちょっと見てくる。シーリアはここにいてくれ」
心配そうな視線を背に、ゆっくりと扉を開ける。
昨日の人さらいか?――いや、気配はない。
「ん!? おい、シーリア、来てみろ」
慌てて呼ぶと、そこには大量の薬草が積まれていた。
新鮮な葉の匂いが、朝の空気に混じる。
「凄い……誰がこんな事を」
二人で辺りを見回す。
居た。
森の縁に、キー助。
その隣には、鉄の兜を被ったゴブリン。さらに数体の仲間たち。
「キー助! みんな! 有難う! ……有難うな、キー助」
「キー助ちゃん! ありがとー!」
手を振る。シーリアも一緒だ。
笑顔なのに、彼女の目が少し潤んでいるのが分かる。
それを見届けると、ゴブリンたちは森の中へと姿を消した。
「行っちゃったな……キー助。ほら、いい奴も居るだろ?」
「はい……あはは。キー助ちゃんだけ、新しい布巻いてました」
シーリアの声が弾む。
それは、昨日俺たちに空いた穴を埋めるのに十分すぎるほど、温かな贈り物だった。
読んでいただいた全ての方に感謝します。
次回、新たな出会い。




