第20話 魔王城、開門
かなりの距離を走った、クレアとデイジーが攻撃を凌ぎ切ったようだ。
肺の奥が焼けるように痛み、脚の感覚が遅れて戻ってくる。
もうモンスターは追って来ない。ある程度縄張りが決まっているのか、元居た場所へと戻っていった。
俺は背中のシャーロットをそっと下ろし、その場に膝から崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……、もうダメかと、思いました……」
「もうすぐだな。アレだろ、魔王城」
デイジーの指さす先に森の出口が見える、その先には遠くからでもその大きさがうかがえる巨大な門。
大型のモンスターの出入りが想定されているのかアラストリアの物より遥に大きい。
俺が息を整え立ち上がると、シャーロットは先程の出来事が無かったかのように元気に腕を振り歩き出す。
彼女にとっては友達の家にでも遊びに来た感覚なのだろうか、シャーロットの後を追い門へと向かった。
近くで見るとその大きさに圧倒される、門の前には両脇を固める巨躯の門番が立ちふさがっている。
人間離れした体躯と背中に大きな翼を持つ魔族の門番だ。
大きな槍を地面に突き立て、門に近づくシャーロットを見下ろしている。
「シャーロット殿、何用か?」
門番の一人がシャーロットに質問を投げかける。
「このひとたち、まおーにあいたいんだって」
門番が俺を睨む、その迫力に声が出せない。
「人間か……何故魔王様に会いたいのだ?」
なんとか気持ちを落ち着かせて必死に声を振り絞る。
「……ゼクローム様よりご紹介を受け、参りました。外山圭吾と申します」
門番たちが顔を見合わせる。
「他ならぬ魔王様だからこその、切実なお願いがございます。どうか、お会いさせてください」
「……しばし待たれよ」
門番の一人が翼を広げた。刹那、爆風のような突風が巻き起こり、俺は吹き飛ばされそうになって地面に手をついた。
その巨体からは想像もできない速度で、彼は天空へと舞い上がり、巨大な門を軽々と飛び越えていった。
しばらく待たされた。シャーロットは門番の持つ槍を掴んで持ち上げようとしている。
怖いものなどないのだろうか。
門番を待つ間、三人でこの後の話をする。
「魔王様との謁見は、二人も初めてですよね?」
「あぁ。アタシは初めてだよ。魔王城の敷地に入るのだって、想像したこともなかったね」
デイジーが、いつになく真剣な表情で門を見上げる。
クレアが躊躇うように視線を落とし、口を開いた。
「私は、一度だけあるかな……。遠くから見ただけだけど」
「そうなんですね、どんな方でしたか?」
「うーん……。その時は意識が朦朧としていて、大きかったってくらいしか覚えてないの。ごめんね」
意識が朦朧とするほどの状況で、彼女は何を見たのか。その言葉の端々に、俺の知らない過去の断片が滲んでいる。
だが今は、それを掘り下げる余裕は無い。失礼があれば俺だけで無く二人も危ない目にあうかもしれない。
ゼクロームは俺より小柄だったが、この門番たちは俺よりもはるかに大きい。魔族とは、これほどまでに個体差がある種族なのか。
そんな疑問を抱きながら視線を戻すと、シャーロットが槍をよじ登ろうとしている。
俺は門番に頭を下げ、邪魔にならない様に彼女の小さな体を抱きかかえて引き戻した。
そうこうしているうちに門番が帰って来た。巨体が上空から降り立ち勢いよく着地する。
再び爆風が巻き起こる。舞い上がる砂埃に目を細めている間に、門番の重厚な声が響き渡る。
「魔王様より許可が下りた、入るがよい」
「開門――ッ!」
門番の二人が巨大な門を開く。その禍々しい扉が巨大な魔物が獲物を誘うように少しだけ開いた。
心の準備を待たずしてシャーロットが中へと駆けて行く。俺は覚悟を決めて後を追った。
門の中へ入ると広い庭。奥には長い階段、その先には天を衝く漆黒の尖塔が全てを否定するような存在感を放っている。
外壁からは無数の不規則な突起が突き出し、絶望の断末魔が内側から壁を突き破っているようだ。
およそ建築という概念からは程遠いその巨城は、まるで負の感情が結晶化したようにそびえ立っていた。
魔族の衛兵たちの無数の視線に射抜かれる。場違いな来訪者を凝視する好奇の目、殺意かもしれない。
視線に晒されながら庭を通る。無言の監視に生きた心地がしない。
やがて辿り着いた長い階段の前。そこに立つ一人の魔族に会釈をする。他の衛兵とは一線を画す、人間に近い風貌だ。
「こんにちは、シャーロット様。皆様、私は魔王様の御側に侍る者、クロウ。これより案内を務めさせていただきます」
クロウと名乗った男、ゼクロームと同じ灰色の肌に少し尖った耳、黄色の目。美しい銀髪のオールバック。
執事を思わせる燕尾服を纏い、ズボンには二本の側章が鈍く光る。
燕の尾のように割れた裾の隙間から豪華な装飾のある細剣が覗き、鋭い緊張感を添えていた。
「では参りましょうか、ようこそ魔王城へ。魔王様がお待ちです」
その声は柔らかいが、拒絶の余地を一切許さない響きを帯びていた。
「はい、クロウ様ですね。よろしくお願いいたします」
クロウに案内され長い階段を上る。見上げれば漆黒の壁が触手のように視界を侵食し、歩を進めるたびに巨大な城に捕食されていくような錯覚に陥る。
魔王との謁見……。ちょっと前まで普通のサラリーマンだった俺が、今や世界の命運を握る玉座へと向かっている。
かつての営業回りでの成功体験を一つ一つ手繰り寄せ、俺なりの『武器』と『防具』を静かに装着する。一世一代の勝負だ。
読んでいただいた全ての方に感謝します。




