第19話 じゃじゃ馬護衛任務
部屋の外に出ると黒騎士が待機していた。
「いってきまーす、おるすばんしててね」
シャーロットが、遠足にでも行くような軽やかさで玄関へと駆けていく。
その無邪気さに、俺の顔も自然と綻んだ。
「クレア……シャーロット殿を頼んだぞ」
背後から、黒騎士の低く、重々しい声が響く。
「分かってるって、心配しないで」
クレアが振り返り、少しだけ強張った笑顔で答えた。
外へと出る。ゼクローム達に見送られ隠れ家を後にする。
すぐに森の中に入る。辺りは薄暗く肌寒い。
「ここから歩いていけるんですか? 魔王城って、アラストリアからそんなに離れてないのかな……」
俺の素朴な疑問に、クレアが前を歩きながら答える。
「アラストリアからだと、本来なら馬車を飛ばしても何日もかかる距離だよ。ここは魔王軍領地の、ちょうど反対側の端っこだからね」
だが、それには違和感がある。俺たちがさっきの隠れ家に来るまで、そんなに何日も歩いた記憶はない。
「ここに来る時、岩の中通っただろ?あれが領地の端まで繋がってたんだよ」
デイジーの言葉で腑に落ちた。要するに、あの岩の扉がワープゲートのようになっていたということか。
流石は魔王軍幹部、ゼクロームの技術だな。
「シャーロットちゃん、どう見ても普通の人間の子ですよね。魔王軍の要所に、あんな小さな子が居るなんて……最初見た時は本当に驚きました」
先頭をトコトコと歩くシャーロットを見て二人に問う。
「ん? あぁ、でもみさきさんだって居るしな。あのおじいちゃんの隠れ家に何が居ても、もう不思議じゃないだろ」
確かにその通りだ、デイジーの言う通りみさきの方が不思議かもしれない。
「シャーロットについては、深く知ろうとしない方がいいよ」
クレアはシャーロットの事を避けているように見える。
「クレアさんは、シャーロットちゃんのこと、以前から知ってるんですか?」
俺が尋ねると、クレアは足を止め、俺の目をまっすぐに見据えた。
「……今言ったばかりでしょ? あの子のことは、知らない方がいいの」
その瞳には、言葉以上の警告が宿っていた。
魔王軍幹部と同居し、自由に魔王城に入れる少女だ。当然普通の女の子な訳が無い。
だが、今は踏み込むべきではないと直感した。
「はやくはやくー」
シャーロットの楽しげな声が森に響く。 俺は彼女の小さな背中を見つめながら、これから会う魔王について考えていた。
魔王、人間の国アラストリアと戦争中の魔族の長。シャーロットからの紹介だけで会えるのか?
「止まって、静かに」
クレアが足を止める。俺は慌てて、無防備に先を行こうとするシャーロットを呼び止め、その小さな肩を軽く掴んだ。
「見える?魔王軍の合成獣が放し飼いにされているわ」
クレアが指差す先、暗い森の奥に「それ」はいた。 一見すれば横たわる巨大な岩のようだが、目を凝らせば、それは異形の獣だった。
身体は象のように肥大化し、太い首が二つ。それぞれが異なる獣の頭部を持ち、重なり合うようにして大きな寝息を立てている。
魔王城の目と鼻の先に放たれたモンスター、起こせばただでは済まないな。
「吹き飛ばせばいいんじゃないか……?」
デイジーの提案に呆れた様子でクレアが答える。
「アンタねぇ……何しに行くか分かってんの?来る時ペット殺してきましたじゃ追い返されるよ」
「いや、冗談だって……」
デイジーが言うが、俺には到底冗談には聞こえなかった。
息を殺し足音を忍ばせ、モンスターを迂回する。薄氷を踏む思いだ。
足元に注意を払い、小枝などを避け冷や汗を流しながら慎重に地面を踏みしめた。
一際大きな寝息を立てるモンスター。その瞬間、張り詰めた空気が走る。
「こらー、しずかにしなさーい」
「……え?」
声に驚き顔を上げると、前を歩いていたシャーロットが居ない。
見回すと拳を振り上げたシャーロットが、双頭の巨獣に向かって一直線に駆け出していくところだった。
その光景をただ呆然と見つめる。
「バカ!戻ってきなさい!」
クレアが即座に魔力を展開し、地面を蹴った。 同時に、眠りを妨げられた合成獣が、地響きのような咆哮を上げて起き上がる。
間一髪でシャーロットを抱き寄せ、俺の方へと押し出す。
俺は慌ててその小さな身体を受け止める。
「ケイゴ!その子お願いね!」
「えぇ!?わっ……分かった!シャーロットちゃん、ほら背中に乗って!離しちゃダメだよ!」
シャーロットを背負い駆け出す。
「おいおい、シャーロットに懐いてんじゃなかったのか!」
デイジーが走りながら叫び、両手のガントレットに高温の魔力を纏わせる。
背後で、爆発音と獣の怒号が重なり合う。巨獣が何度も二人に飛びかかり、そのたびに凄まじい衝撃波が森を揺らした。
「シャーロットちゃん!こっちであってる!?道を教えて!」
俺は必死に足を動かした。普段の運動不足が祟って肺が焼けそうだが、止まるわけにはいかない。
「そーだよ、まっすぐー。きゃはは、はやいはやいー」
背中のシャーロットは、俺の首に捕まりながら無邪気に声を上げている。
その声に、焦りも恐怖も混じっていなかった。
「グオォォォー!!!」
背後から迫る咆哮。森の木々をなぎ倒しながら、巨獣が執拗に距離を詰めてくる。
「こらー。しずかにしてって、いったでしょー」
「「「お前がだよ!!!」」」
三人の声が重なった。
俺はシャーロットの無邪気な案内に必死に耳を澄ませ、崩れそうな足を叱咤して、暗い森の中をひた走った。
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