第16話 魔王軍人事部長
デイジーの光線が頭上を覆う木を吹き飛ばす。
「やはり召喚術は世を乱す危険な存在、排除する」
次の瞬間、黒騎士の姿が掻き消えた。 重厚な鎧を着込んでいるはずの身体が、物理法則を無視した速度でデイジーへと肉薄する。
俺が声を上げかけた時には、黒騎士の両刃の剣が彼女の首筋へと振り下ろされていた。
「デイジーさん!」
鼓膜を突き刺すような金属音が響く。 デイジーは光線を中断し、赤熱した魔力を帯びたガントレットでその剛剣を受け止めていた。
そのまま彼女は一歩も退かず、黒騎士を身体ごと振り払った。光線だけじゃない、戦う為の力全てが俺とじゃ比較にならない。
「おじさん、危ないよ。離れてね」
クレアが俺の袖を引き、俺たちを包むように強固な魔力の障壁を展開した。
俺の魔力による身の守りとは、密度も、安定感も、何もかもが違う。
「デイジーさん、突然どうして……」
「何か考えが有るんだろね。こうなったら任せるしかないよ」
そうだな、ハズレの中年に何ができるのか。だが、いつでも飛び込めるように準備をしておく。
震える足を叩いて俺も魔力で身を守る。
ゆっくりとデイジーが黒騎士に近づく。
「危険なのはお互い様だろ」
高速で動く黒騎士の足元を光線で吹き飛ばしながらゆっくりと後を追う。
目で追うのがやっとだ、これが転生術により与えられた力なのだろうか。
光線が黒騎士の足元を薙ぎ払う、地面が抉れ木が傾く。
それを躱し黒騎士が剣を両手で頭上に高く振りかぶりデイジーに飛び掛かる。
デイジーが大きく後ろに飛びのく。
全身に黒い魔力を帯びた黒騎士が轟音と共にデイジーのいた場所に剣を振り下ろし大穴を開ける。
周囲の木々が倒れ、土が上空高く吹き飛ぶ。
クレアの魔力に守られた部分を残し、俺の周囲の地面が飛ばされていく。
風圧で飛ばされそうになるのを身をかがめて耐える。
これがこの世界の戦いなのか、俺の出る幕じゃないな。
「待て待て待てぇーい!」
突然辺りに大声が響き渡る、だが声の主の姿が見えない。
「この声、おそらく転生術師よ」
クレアが言う。緊張が走る、今更だが失礼の無いようにしなければ。
「お前ら派手に暴れおって。黒騎士よ、苦労して儂が張った結界を壊す気か!?」
周囲を見渡すと空中に浮かぶ目玉の様なものを見つける、監視カメラの様なものか。
「……必要だったのだ」
黒騎士が剣を納める。どこか気まずそうに見えるのが意外だった。
「申し訳御座いませんでした!!」
俺は目玉に向かって頭を深々と下げ謝罪する。敵意がないことを、今の自分にできる最大限の礼儀で示さなければならない。
「なんなんじゃお前らは?場合によってはタダでは帰さんぞ」
この黒騎士のような強力な兵隊がまだ居るのだろうか。これは、対応次第で死ぬな。
「はい。我々には争うつもりは御座いません。」
デイジーを後ろに引かせてクレアに任せる。
目玉が俺に近づき凝視する。心臓を掴まれているような気分だ。
「お前ら召喚された者たちじゃな。お前たちのような人間が三人も揃って争うつもりは無いじゃと?」
さっきの戦闘の後だ、当然の反応だろう。ここは俺の能力から説明すべきか。間違えば死だ。
「はい。私には彼女たちや黒騎士様のような特別な能力は与えられておりません」
目玉が更に近づく。
「黒騎士、本当か?」
「あぁ……その者だけは戦う力が感じられぬ」
魔王軍にも本質を見極める力のような物が有るのだろうか。黒騎士に助けられたな。
「じゃあ何しに来たんじゃ?こんなところに。」
今だ。本題を誤魔化さずに話そう。
「実は私と同じように能力を持たない方がいらっしゃると伺いまして。その方について知りたいのです」
目玉が少し黙る、反応が分からない。
「何故じゃ?理由を申してみよ」
王族との謁見以上の緊張だ。失敗できない。
「私は召喚される前の世界で妻を亡くしました。その悲しみ故に召喚に選ばれたようです」
黙って見つめる目玉が威圧感を放っている。
「妻を亡くした時期とその方の転生された時期が近いのです。根拠の薄い妄想だとは分かっていますが、妻ではないかと……」
「待て……お前の名は?」
俺の言葉を遮るように目玉から質問される。
「圭吾です。外山圭吾、日本人です」
「で、奥さんの名は?」
俺は祈るように、生涯で最も大切にしてきたその名を口にした。
「妻の名は、みさきです!」
目玉が黒騎士の所に飛んでいく、心臓が破裂しそうだ。
「おい!黒騎士!今すぐその者たちをここに連れて来い!急げよ!!」
そう言って目玉がふっと消えてしまった。俺は力が抜け膝から崩れ落ちた。
命令を受けた黒騎士が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
彼はデイジーの方をちらりと見据え、低い声で言った。
「女……謀ったな」
「さぁ……。どうだろうね」
デイジーが、とぼけた顔で肩をすくめた。
「……ついて来い」
素っ気なく合図をして黒騎士が森の奥へと歩き出す。この先にみさきが居るのだろうか。
期待と不安を胸に薄暗い森を進んで行く。
読んでいただいた全ての方に感謝します。




