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序章(2)『出会いと運命』

 12月も中旬を越え、吹き付ける冬の寒さと乾燥した空気に身を竦めながら、宗一郎は信号が変わるのを待っていた。


「さみー」

「マジそれ」


 すぐ前で待つ中学生らしき集団が、こらえきれないように足踏みをしながら、友人たちと元気に笑い合っている。


 通りの向こうでは、散ったイチョウの葉がビル風に巻かれて渦を巻き、風に煽られた人々が顔をしかめながら行き過ぎる。


「はい。はい。あ、すみません。今外におりますので、風の音かと――」


 信号待ちの列の端で、コートの男性がスマホを耳に当てながら喋っている。話の内容から察するに、彼は何かしら工場の運営に携わっている様だ。言葉尻から、保守やら管理と言うより、運用側の人間であることが察せられる。


「…………」


 宗一郎は交錯する車両用信号が赤に変わるのを横目に見て、ズレたショルダーバッグの位置を直す。

 そろそろ信号が変わる頃合いだ。


 襟元に巻いたマフラーを鼻まで引き上げ、そのままトレンチコートのポケットに両手を突っ込んだ所で、信号が青になり、集団が進み始めた。

 前の中学生達が歩き出すのを待って、宗一郎も歩き出す。



 雑踏は苦手だ。

 横断歩道を渡りながら、思う。

 別に人ごみに酔うとか、そういう意味じゃない。単純に見る部分・考える事が多くて疲れるからだ。

 人の仕草、話し声、目線の先、雑踏の流れ、通りの状態、車の様子、最適ルート、危険予測、エトセトラ、エトセトラ。

 考えすぎなのは重々承知だが、性格的なものでこればかりは仕方がない。


 マフラーに隠れて、小さくため息を吐く。


 そんな俺が、人が増えるこの週末の夜にわざわざこんな駅前まできているのは、全部、やたらと構いたがりな幼馴染のせいだ。

 毎週金曜日は午前中に講義が終わる。週末で人が早くに捌けるのもあって、遅くまで研究室に入り浸るのがいつもの習慣なのだが――今日は研究室に行く途中でアイツに捕まった。


 チリンチリン、と警笛を鳴らし、自転車が雑踏を避けて走っていく。

 何の気なくその後姿を見送ってから、俺は淡々と歩を進める。


 半ば無理やりこんな用もない場所に引っ張り出しておいて、アイツは「急用が入った」などと言い残して、ご自慢の自転車で颯爽と帰っていった。

 自転車を引くアイツに合わせて徒歩で駅前まで来ていた俺は、結局一人残された形になる。

 結果として、この寒空の下、一人で繁華街を抜けて駅前のバスターミナルを目指すことになったという訳だ。

 ……要はバカを見た。ただそれだけだ。


 袖を引いて、腕時計を見る。18時38分。

 この時間なら、まだ十分研究室に寄れる。




 ーーそんな事を、考えていたときだった。


「地域13より本部へ。

18時38分、配備完了。どうぞ」


 通りの傍らから聞こえてきた声にふと意識が向いた。目線だけでそちらを見ると、制服姿の警官が二人、歩道に立っている。一人は無線を手にしており、もう一人は群衆に目を向けていた。


 警戒体制。


という単語が脳裏に浮かぶ。

 彼らの無線から、一瞬の間をおいてノイズ混じりの返答が入り、二人が同時に耳を傾ける。


『本部より地域13。配備確認。

 対象は学生を装っている可能性あり。

 職質に際しては、学生証等の確認を行われたい。

 状況に変化あれば即報せよ。どうぞ』

「了解。通信終わる」


 何かあったか。

 そう判断し、俺は警官の前を少し通り過ぎた辺りで雑居ビルの前のベンチスペースに入る。

 スマホのニュースアプリをざっと見て、この辺りで傷害事件や強盗などといった事件が報道されていないか確認する。


 結果、めぼしい事件はなし。


 奥の手を使うか。

 ほとんど反射的にスマホのメッセージアプリを起動し、“奥の手”の名前を押しかけて、そこではたと止まる。

(……今そこまでするべきか?)

 浮かび上がった疑問に数瞬黙考する。

 問題は、自分に影響が及ぶかどうかだ。真相究明は絶対じゃない。

 警察の捜索対象は学生、あるいはその年代の若者。過激な行動に出るにしても、できることに限度がある。一方で、家出や万引きにしては警官たちは緊迫していた。

 自分に危険が及ぶとしたら、それはテロ、通り魔、類似の凶悪犯脱走。

 学生――学年はせいぜい大学生までとして、その年代でそんな凶悪犯罪に至る例は稀だ。

 それに、もしもそんな重大犯罪の予兆があるのなら――さっきの警察官の装備は、あまりに軽装過ぎないか。

 やめだ。

 俺はスマホのアプリを落とす。


 現状、そこまで危険とも思えない。

 “ヤツ”に貸しを作るほどのことじゃない。

 ともすれば頭をもたげようとする不安感を誤魔化すようにそう思い直したとき、スマホのポップアップがメッセージの着信を報せた。


『何用?』


 端的な言い草と共に表示されたのは、まさに今しがた連絡するのをやめた“ヤツ”の名前だった。


「どこで見てるんだよ……」


 思わず、声に出してぼやく。

 ここで周囲を見回す愚は犯さない。流石のアイツも直接見てるわけじゃないだろう。

 代わりに――


『何で分かった?』


と、返しておく。

 素直な疑問だというのもあるが、俺の判断を踏みにじるような空気の読めなさに若干の苛立ちもあった。


 対して、アイツはほぼ即答と言える早さで


『なんかそっちの地域、ただ事じゃなさそうだからね』


と返してきた。

 何が、とは聞かない。どうせヤツのことだ。コッチの界隈が騒がしくなってるのはとうに気づいていたのだろう。警官達の不穏な動きのことに決まっていた。

 そうなってくると、こちらとしても今の状況が気になってきてしまう。しかも、恐らくアイツはそうなるのを分かった上で、わざと空気を読まない発言をしているのだろう。それが余計に癇に障る。


『何が起きてる?』


 苛立ちを抑えて打った問いに対し、しばらくSNSアプリに記入中を示す表示が浮かぶ。やけに迷っている様子がその表示に滲んでいる。

 長く感じる1分をあけて、ヤツから返事が返ってくる。


『女の子を探してる。大規模に』


 ただ、そうとだけ。

 しかし、それで内容としては最低限をクリアしていた。

 女子学生。大学生か高校生か、もっと下か。とにかくも、緊急性という意味では余計にこれ以上深入りしなくていい話だ。しかしーー同時に、俺の中で何故という思いが無視できないほどに強くなっていた。


『対象は学生を装っている可能性あり。

 職質に際しては、学生証等の確認を行われたい』


 さっき警察無線が言っていた言葉が蘇る。


 女の子が身分を偽って、何をする?

 そして、それを警察が『人員配備』までして探している。

 組織犯罪?

 脅迫事件?

 それとも探されている女の子はただの参考人か。


 状況が全く想像できなかった。


 思わず、奥歯を噛み締めていた。

 状況がわからない。

 それが一番、神経を逆撫でていた。


『どうする?』


 深淵に誘うような蠱惑的な一言が、画面に表示される。


「…………」


 別段、迷う事でもない。自分の置かれている状況に対して、知らない事は少ないほどいい。

 そう思い直し、スマホのキーボードに指を滑らせ始めた、その時ーー


「ねえ、そこのお兄さん。今、ヒマ?」


ーー背後から、“女の子”に声をかけられた。


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