第二十五話:カーバンクルとアレルギーの話 (3/3)
ゴクリ、と。彼が息を呑む音が、静かな店にやけに大きく響いた。
カーバンクルは、その一口を、ゆっくりと、味わうように口に含んだ。
鶏肉の優しい旨味、玉ねぎとリンゴの自然な甘み、そして、様々なスパイスと野菜が織りなす、複雑で、しかしどこまでも穏やかな味わい。それが、彼の荒れた体に、まるで清らかな泉の水のように、じんわりと染み渡っていく。
《おいしい……。それに、なんだか、体が……温かい……》
一口、また一口とシチューを食べ進めるうちに、彼の体に、劇的な変化が起こり始めた。
陽だまり生姜と黄金キノコが内なる炎症の炎を鎮め、涙知らず玉ねぎと月蜜リンゴの力が、暴走した見張り番を優しく、優しく、なだめていく。
彼の青白かった肌に、じんわりと赤みが差していくのが分かった。そして何より、彼をずっと苦しめていた、狂おしいほどの痒みが、まるで薄氷が溶けるように、すーっと、引いていくのが分かった。
《……痒くない…?嘘だろ…?あんなに、四六時中、狂おしいほど痒かったのに…。それに、体の火照りが、引いていく……》
彼は、信じられないといった様子で、自分の体をそっと掻いてみる。いつもなら、そこに激痛が走るはずなのに、今は、ただ温かい肌の感触があるだけだった。
「どうだい、坊主。体の中で鳴り響いてた警報が、少しは静かになってきただろ?」
俺が言うと、カーバンクルはこくりと、力なく、しかし深く頷いた。その瞳には、今まで見たこともない、安堵の色が浮かんでいる。
そして、食事が終わる頃には、彼はすっかり落ち着きを取り戻していた。赤く爛ただれていた皮膚の炎症は和らぎ、その表情は、来た時とは比べ物にならないほど、穏やかになっていた。
そして、奇跡は、彼の額で起きた。
今まで、ただの石ころのように、どんよりと曇りきっていた宝石が、一度、内側から、ふわりと、淡い光を放ったのだ。
それはまだ、消えかけの灯火のような、小さな光だった。だが、それは紛れもなく、彼が失っていた、生命の輝きそのものだった。
《あ……!僕の、宝石が……!光ってる!》
彼は、自分の額に灯った小さな光を、ただ呆然と見つめていた。やがてその瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
それは絶望の涙ではない。失いかけた誇りを取り戻す、あまりにも温かい希望の雫だった。
「言ったろ? 暴走してた見張り番が、少し大人しくなっただけだ。お前さんが、ちゃんと自分の体と向き合って、正しい食事でなだめてやりゃあ、すぐにまたピカピカに輝けるさ」
俺は、お土産に、涙知らず玉ねぎと月蜜リンゴを、小さな布袋に入れて渡した。
「お守りだ。こいつらを、時々、スープにでも入れて食うといい。そうすりゃあ、あんたの見張り番も、そう簡単には暴走しなくなるはずだ」
彼は、その袋を、まるで世界で一番の宝物のように、大切そうに胸に抱きしめた。
《ありがとうございます……! ぶっさん様……! ありがとうございます……!》
彼は、何度も、何度も、頭を下げた。
その日、一人のカーバンクルは、自分の体を呪うことをやめた。代わりに彼は、体を労わる食事の知恵と、失われた輝きを自分の手で取り戻していくという、確かな希望を手にしたのだ。
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