幕間:姫君の鱗と再生の涙
わたくしは、ナーガ。悠久の時を生きる、誇り高き水の一族。
その証は、この体に輝く、虹色の鱗。一枚一枚が、わたくしたちの歴史であり、魔力の源であり、そして、何よりの美の象徴でした。
その、誇りだったはずの輝きが、失われようとしていました。
年に一度の、神聖なる再生の儀式であるはずの「脱皮」が、今年は、わたくしを蝕む呪いと化したのです。古い皮は、醜い瘡蓋のように体にこびりつき、新しい鱗は、その下で輝く力を失っていました。
痒い。痛い。そして、何よりも、醜い。
鏡に映る自分の姿を見るたびに、心が引き裂かれそうでした。民の前に、この姿を晒すことなど、到底できません。わたくしは、ナーガの姫として、終わってしまったのだ、と。絶望が、冷たい毒のように、わたくしの心を蝕んでいきました。
そんな時、風の噂で耳にしたのです。森の奥に、どんな悩みも解決するという、不思議な料理人がいると。
料理人が、この呪いを? 馬鹿げた話です。わたくしの体は、どんな高名な癒し手にも、治せなかったのですから。でも、わたくしには、もうそれにすがるしかありませんでした。
お店の主、ぶっさん様は、わたくしの痛々しい姿を見ても、憐れむでもなく、ただ静かに、その優しい瞳で見てくれました。そして、わたくしの体の不調を、まるで熟練の職人が織物の不具合を見抜くように、いとも簡単に見抜いてみせたのです。「コラーゲン」と「ビタミンC」。わたくしの体に足りなかった、「絹糸」と「職人」の名前を、初めて知りました。
彼が作ってくれたのは、乳白色に輝く、不思議なスープでした。
一口、それを口に含んだ瞬間、わたくしの中で、奇跡が始まったのです。
温かく、優しい旨味が、乾ききっていた体の隅々まで、まるで清らかな泉の水のように、染み渡っていく。一口食べるごとに、失われていた潤いが、体の内側から、満ちてくるのが分かりました。
そして、食事が終わる頃、それは起きました。
あれほど頑固にこびりついていた古い皮が、するり、と、音もなく剥がれ落ちたのです。
そして、その下から現れたのは…わたくし自身が見惚れるほどに、美しく、力強く、虹色に輝く、新しい鱗でした。
涙が、溢れて止まりませんでした。
でも、それは絶望の涙ではありません。失われた誇りを、美しさを、取り戻した、歓喜の涙でした。
ぶっさん様、ありがとうございます。
あなたの作ってくれた、あの温かいスープは、わたくしの鱗だけでなく、傷つき、くすんでいた、わたくしの魂まで、洗い清めてくれました。
もう、わたくしは迷いません。
この、誰よりも美しく輝く鱗を胸に、誇り高く、民を導く姫として、生きていくのです。
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