第三話:ぷるぷるスライムと目に見えない骨(1/3)
グリフォンが店に来てから、さらに一週間が過ぎた。
おかげさまで、屋根の修理はまだ終わっていない。まあ、急ぐ旅でもなし、のんびりやるとしよう。俺、仏田武ことぶっさんは、そんなことを考えながら床の雑巾がけをしていた。
その時だった。
店の木のドアの下、ほんの数ミリの隙間から、何かが「じゅわ〜…」っと染み出してくるのが見えた。
「ん? 雨漏りか? いや、天気は良いしな……」
不思議に思って見ていると、その青く半透明な液体は、ゆっくりと床の上で一つの水たまりを形成していく。そして、その水たまりの中心が、わずかに盛り上がった。
(……スライムか!)
ファンタジー世界ではおなじみのモンスター。だが、俺が知っているゲームのスライムは、もっとこう、ぷるんとした綺麗な球体だったはずだ。目の前のこいつは、まるで床にこぼれたゼリーのように、だらしなく広がってしまっている。
やがて、そのスライムから、弱々しい心の声が俺の脳内に届いた。
《あ、あの……ここ……しょくどう……ですか……?》
「ああ、そうだが……。おチビさん、どうしたんだ? そんなところで溶けちまったみたいになって」
俺が話しかけると、スライムは申し訳なさそうに、体をわずかに震わせた。
《ご、ごめんなさい……。ちゃんと、ドアから入りたかったんだけど……体がゆるくて、形が保てなくて……。気づいたら、隙間から……じゅわ〜って……》
声からして、まだ子供のようだ。名前はプルンというらしい。
俺は雑巾を置くと、そのスライムのそばにしゃがみ込んだ。プルンの体は、確かに張りがなく、表面の光沢も弱い。元気なスライム特有の「ぷるぷる感」が失われている。
「なるほどな。浜辺に打ち上げられたクラゲみたいになっちまってるな」
《くらげ……?》
「ああ。俺がいた世界にいた、海に住んでる生き物だ。そいつの体は95%以上が水でできててな。陸に上がると、自分の体の水分を支えきれなくて、お前さんみたいに溶けたみたいになっちまうんだ」
俺の説明に、プルンは悲しそうに体を揺らした。
《僕も……それと、同じ……? もう、仲間みたいに、ぼよんって跳ねられないのかな……》
その声は、今にも消えてしまいそうなくらい、か細かった。
仲間たちと同じように跳ね回れないことが、彼にとっては何よりも辛いのだろう。
俺は、そんな健気なスライムの頭(らしき場所)を、そっと指で撫でた。
「大丈夫だ。心配するな」
俺はニヤリと笑って、プルンに力強く言った。
「お前さんの体に、もう一度、ぷるんぷるんの骨格を作ってやる。俺に任せとけ」
《ほ、骨格……?》
「ああ、目には見えない、魔法みたいな骨格だ。とびきり美味いデザートでな!」
俺は腕まくりをして、厨房へと向かった。小さなスライムの、大きな悩みを解決するために。
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