第二十三話:ナーガの姫君と美肌スープ(1/3)
森の音楽家サテュロスが、心躍るメロディーと共に森へと帰ってから数日。森は深い雪に覆われ、世界は白と静寂に包まれていた。俺、仏田武ことぶっさんは、店の石窯でじっくりと煮込んだ根菜のシチューを味見しながら、窓の外の雪景色を眺めていた。
「静かでいいもんだ。たまには、こうして一人で静かに過ごすのも悪くねえか」
そんなことを考えていた、雪がしんしんと降り積もる午後のことだった。
カランコロン、と、まるで絹ずれのような、上品で、しかしどこか切羽詰まったドアの音がした。
見ると、そこに、一人の女性が立っていた。
上半身は、気品のある顔立ちをした、美しい人間の女性。だが、その腰から下は、虹色に輝く鱗に覆われた、長大な蛇の体となっていた。水辺に住まう、高貴なる種族、ナーガだ。それも、おそらくは王族に連なる姫君だろう。
だが、その姿は、伝説に語られるような神秘的な美しさとは程遠かった。彼女の自慢であるはずの虹色の鱗は、くすみ、輝きを失っている。そして何より、その体には、脱ぎ捨てられるはずだった古い皮が、まるで汚れた瘡蓋のように、まだらに、痛々しくこびりついていた。
「いらっしゃい。ひどい雪だな。まあ、そんなところに立ってねえで、中に入りな」
俺が声をかけると、ナーガの姫君は、ゆっくりと店の中に入ってきた。その動きは、どこかぎこちなく、こびりついた古い皮が、肌に擦れて痛むようだった。
《……あなたが、噂の料理人ですのね。わたくしのこの姿を見て、驚きも、気味悪がりもしないとは》
脳内に響いてきたのは、鈴を転がすように美しいが、その奥に、深い絶望と、傷つけられたプライドの色が滲む声だった。
「はは、今さらだよ。この店には、いろんな客が来るんでな。それより、その鱗、どうしたい? ずいぶんと、難儀しているようじゃねえか」
俺が尋ねると、彼女は俯き、自分の鱗を、悔しそうに爪で掻いた。
《わたくしたちナーガにとって、年に一度の『脱皮』は、成長と再生を意味する、最も神聖な儀式なのです。しかし、今年は、どういうわけか、この古い皮がうまく剥がれてくれないのです…》
彼女の声は、震えていた。
《体中に古い皮がまだらにこびりつき、痒くて、痛くて…何より、自慢の鱗の輝きが、すっかり失われてしまいました。このままでは、わたくしは、美しいナーガでいられなくなってしまいます…》
なるほど。健康の証でもある、脱皮不全か。これは、彼女にとって、美容の問題だけでなく、種族としての誇りを失いかねない、切実な問題だ。
俺は、彼女の肌の状態を、じっくりと観察する。
(これは、ただの乾燥じゃねえな。古い皮が剥がれないってことは、その下にある、新しい皮が、十分に育ってねえんだ。つまり、新しい皮膚を作るための『材料』が、圧倒的に足りてねえ)
「姫さん、あんたのその悩み、よく分かった。あんたの体は、最高の絹織物を作れるだけの、素晴らしい機織り機だ。だが、肝心の『絹糸』が、足りてねえ状態なんだよ」
《絹糸…ですって…?》
「ああ。美しく、健康な皮膚…あんたたちで言う鱗を作るにはな、肌の弾力を保つ『コラーゲン』と、そのコラーゲンを体の中で作るのを助ける『ビタミンC』が、絶対に必要不可欠なんだ。あんたの体は、その二つが足りてねえから、新しい鱗をうまく作れずに、古い皮にしがみついちまってるのさ」
俺の説明に、ナーガの姫君は、呆然としていた。
「よし、任せとけ」
俺はニヤリと笑うと、誇りを失いかけた美しい姫君に、力強く宣言した。
「今日は、君の体に、最高の絹糸を、腹一杯補給してやる。君が、今までで一番美しく輝くための、特別な料理でな!」
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