幕間:耳を塞いだ歌姫と静寂の味
わたくしの世界は、音でできていました。
でも、それは、仲間たちが奏でるような、美しい歌の世界ではありません。わたくしの世界は、痛みと、苦しみと、絶え間ない騒音でできていたのです。
風が木々の葉を揺らす音は、耳元で金属を擦り合わせるような不快な音に聞こえ、雪の下で虫がもがく音は、頭蓋骨に直接響く、鈍い痛みとなってわたくしを苛みました。仲間たちの美しい歌声さえも、わたくしにとっては、ただの耐え難い絶叫の洪水でした。
だから、わたくしは、ずっと耳を塞いで生きてきました。
この翼で、世界から聞こえてくる全ての音を、拒絶するように。
独りで、静寂を求めて、でも、決して手に入らない静寂に絶望して、ただ、心がすり減っていくのを待つだけの日々。
その日も、わたくしは、雪の降る音の痛みに耐えながら、森をさまよっていました。もう、限界でした。このまま、心が壊れてしまう、と。
そんな時、森の奥に、ぽつりと灯る、温かい光を見つけたのです。
お店の主、ぶっさん様は、声を出せないわたくしを、ただ静かに、その優しい瞳で見てくれました。そして、石板に綴ったわたくしの拙い悩みから、その苦しみの本質を、いとも簡単に見抜いてみせたのです。
彼が、最初にくれたのは、「耳栓」という名の、小さな贈り物でした。
蜜蝋と綿でできた、その小さな塊を、おそるおそる耳に入れた瞬間、わたくしの世界は、変わったのです。
音が、消えた。
今まで、わたくしを苛み続けていた、全ての音が。
風の音も、雪の音も、わたくし自身の心臓の音さえも。
そこにあったのは、生まれて初めて体験する、完璧な「静寂」でした。
涙が、溢れて止まりませんでした。
それは、悲しみの涙ではありません。長年の拷問から、ようやく解放された、魂の安らぎの涙でした。
そして、彼が作ってくれたのは、「静寂の森のきのこポタージュ」という、不思議なスープでした。
耳栓で得た外側の静けさの中で、その温かいスープを一口、口に運びました。
きのこの豊かな香りと、優しい味が、体の内側から、荒れ狂っていた神経の嵐を、優しく、優しく、鎮めていくのが分かりました。
外も、静か。
中も、静か。
ああ、なんと、穏やかなのでしょう。
わたくしは、生まれて初めて、本当の意味での「安心」に包まれました。
そして、気づけば、カウンターに座ったまま、穏やかで、深い眠りに落ちていたのです。
ぶっさん様、ありがとうございます。
あなたの作ってくれた、あの温かいスープと小さな耳栓は、わたくしに、世界と向き合うための、勇気と知恵をくれました。
もう、ただ音から逃げるだけではありません。
これからは、自分で「聞きたい音」を選んで、生きていくことができるのですから。
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