第二十一話:ハーピィと静寂のスープ(3/3)
彼女は、そのスープを、まるで壊れ物を扱うかのように、慎重にスプーンですくい上げると、おずおずと、その一口を口に運んだ。
きのこの豊かな香りと、牛乳とバターの優しいコクが、彼女の口の中に、ふわりと広がる。
《おいしい……。それに、なんだか、体が……温かい……》
一口、また一口とスープを食べ進めるうちに、彼女の体に、劇的な変化が起こり始めた。
きのこや味噌に含まれるGABAが、彼女の過敏になった神経に、まるで優しい子守唄のように、穏やかに作用していく。張り詰めていた心の糸が、一本、また一本と、ゆっくりと解きほぐされていく。
彼女の青白かった頬に、じんわりと赤みが差していくのが分かった。小刻みに震えていた体は、いつの間にか、ぴたりと止まっている。
「どうだい、嬢ちゃん。頭の中の嵐が、少しは静かになってきただろ?」
俺が言うと、少女はこくりと、力なく、しかし深く頷いた。
耳栓によってもたらされた、外的な静けさ。そして、このスープによってもたらされた、内的な安らぎ。その二つが合わさった時、彼女は、生まれて初めて、本当の意味での「静寂」と「安心感」に包まれたのだ。
やがて、器が綺麗に空になる頃には、彼女の体から、完全に力が抜けていた。
そして、彼女の大きな体に、抗いがたい眠気が、穏やかな波のように押し寄せてきた。
《ああ……なんだか、とても、眠い……。こんなに、心が穏やかなのは、生まれて、初めて……。旦那様……ありがとう、ござい……ます……》
彼女は、感謝の言葉を最後まで言い切ることなく、カウンターに座ったまま、こくり、こくりと、静かに船を漕ぎ始めた。やがて、すぅ……すぅ……と、子供のように無防備で、穏やかな寝息が、雪の降る静かな店の中に、響き渡る。
俺は、そんな彼女の姿に、静かに微笑んだ。
店の奥から、一番大きな毛布を持ってくると、その体を優しく包んでやる。
「ああ。ゆっくり、おやすみ。あんたが今まで眠れなかった分まで、ぐっすりとな」
俺は、彼女の安らかな寝顔を見ながら、一人、静かにつぶやいた。
これからは、あの耳栓があれば、彼女は自分で「音」を選べるようになるだろう。そして、心が疲れた時は、また、この静かなスープを飲みに来ればいい。
世界から逃げるのではなく、世界と、うまく付き合っていく。
そのための、小さな手伝いができたのなら、料理人として、これ以上の喜びはない。
俺は、静かに店の明かりを消すと、彼女の穏やかな眠りを邪魔しないように、自分も、そっと椅子に腰を下ろした。
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