幕間:毒の涙と初めての味
わたくしの存在は、呪いそのものでした。
この体から生まれるもの全てが、世界を汚し、命を枯らす。吐息は空気を淀ませ、涙は大地を焼き、そして、唾液は、わたくしが口にするもの全てを、どろりとした腐敗物に変えてしまう。
お腹は空くのです。生きているのですから。
けれど、食事をすることは、絶望を味わうことと同義でした。森で採れた木の実も、狩人が仕留め損ねた獣の肉も、口に入れた瞬間、その命の味は消え失せ、ただの不快な塊と化す。
美味しい、と感じてみたい。
温かいものを、温かいまま、お腹に入れたい。
そんな、誰かにとっては当たり前のことが、わたくしにとっては、決して叶わぬ夢でした。誰かを傷つけぬよう、世界を汚さぬよう、ただ息を潜めて、消えていく日を待つだけの、孤独な日々。
そんな時、風の噂で耳にしたのです。森の奥に、どんな悩みも解決するという、不思議な料理人がいると。
わたくしのこの呪いが、料理でどうにかなるはずもない。そう思いながらも、何かにすがりたい一心で、そのお店の扉を開きました。
お店の主、ぶっさん様は、わたくしの姿を見ても、恐れませんでした。それどころか、わたくしの絶望的な話を、まるで医者が患者を診るように、静かに、真摯に聞いてくれたのです。そして、わたくしの呪いを、不思議な言葉で解き明かしてみせました。「中和」と「吸着」。それは、魔法ではなく、「理」の言葉でした。
彼が作ってくれたのは、わたくしの絶望をそのまま形にしたかのような、真っ黒なハンバーガーでした。
差し出されたそれを前に、わたくしは震えていました。期待と、そして、また裏切られることへの恐怖で。
意を決して、一口、かぶりつきました。
そして、わたくしの世界は、変わったのです。
腐らない。
いつもわたくしを苛む、あの不快な味がしない。
代わりに口の中に広がったのは…肉の旨味、野菜の甘み、ソースの複雑な味わい。温かくて、しょっぱくて、甘くて、少しだけ酸っぱくて…これが、「美味しい」ということ…!
涙が、溢れて止まりませんでした。
でも、その涙は、もう大地を焼く毒の涙ではありませんでした。生まれて初めて、当たり前の幸せを知った、ただの、温かい涙でした。
ぶっさん様、ありがとうございます。
あなたの作ってくれた、あの黒いハンバーガーは、わたくしの呪いを解いたわけではありません。けれど、その呪いと、共に生きていくための、希望という名の光をくれました。
もらった黒い粉のお守りを、大切に懐にしまい、わたくしは森へと帰ります。
もう、ただ消える日を待つだけの、孤独な怪物ではありません。
明日、何を「美味しく」食べようかと、考えることができる、ただの、一人の若者として。
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