幕間:空の王者のささやかな快復
我はグリフォン。天空を統べる誇り高き王。
その黄金の翼は風を捉え、その鋭き鉤爪は岩をも砕く。そして何より、我が誇りは、遥か雲の上から地上の蟻の動きすら見通す、この一対の瞳にあった。――そう、あったのだ。過去形なのが、我ながら情けない。
いつからだろうか。自慢の視界が、まるで薄い靄がかかったようにぼやけ始めたのは。狩りの成功率は目に見えて落ち、先日などは、岩陰の獲物とただの岩を見間違えるという、空の王者としてあるまじき失態を演じてしまった。
誰にも言えぬ。この衰えは、我が威光の失墜を意味する。焦りと屈辱に、我はただ独り、己の巣で耐えるしかなかった。
そんな折、森の下等な魔物たちが噂するのを耳にした。「気まぐれ食堂」とやらを。どんな悩みも解決するという、奇妙な二本足の生き物がいる、と。
……馬鹿馬鹿しい。我の悩みが、下等な二本足ごときに解決できるものか。
そう思いつつも、我の足は、気づけばその食堂へと向かっていた。
店の主は、ぶっさんと名乗った。飄々とした、それでいて全てを見透かすような目をした男だった。我は尊大に振る舞い、己の弱さを悟られぬよう、必死に虚勢を張った。
男が出してきたのは、緑の草がごてごてと入った、奇妙な料理だった。我は肉食だぞ、と侮った。だが、一口食べた瞬間、我が誇りは粉々に打ち砕かれた。
美味い。
ただ、ひたすらに、美味かった。
濃厚で、温かく、体の隅々まで力が満ちていくような感覚。腹が満たされると同時に、張り詰めていた心の糸が、ふっと緩むのを感じた。
男は、我が何も言わぬうちから、目の不調を言い当てた。「天然のサングラス」だと言って、緑葉草の束まで持たせてくれた。
礼など言うものか。我はそう心に決め、ぶっきらぼうに店を飛び出した。
高く、高く、いつもの空へ。
風を切り、雲を抜け、眼下に広がる広大な森を見下ろす。
いつもと同じ、だが、どこか違う風景。
「……ん?」
ふと、気づく。
いつもより、森の輪郭がはっきりしている。木々の葉一枚一枚の色の違いが、前よりも鮮やかに見える。遠くの川面で跳ねた魚の銀鱗が、キラリと光ったのが分かった。
ほんの僅かな変化だ。だが、我にとっては、暗闇に差し込んだ一筋の光にも等しい、奇跡的な変化だった。
《……ふん。なかなか、やるではないか》
我は誰に言うでもなく、そう呟いた。
口元が、ほんの少しだけ緩んでいたことには、気づかないふりをした。
ぶっさんとやら。この借りは、いずれ必ず返す。
空の王者の名にかけて。
我は翼に一層力を込め、さらに高く、誇りを取り戻した空へと舞い上がった。
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