第二十話:バジリスクと中和の話(3/3)
バジリスクの若者は、目の前に置かれた、真っ黒で、少しだけ緑色がのぞく、奇妙な食べ物を、ただ呆然と見つめていた。
そのフードの奥で、彼の瞳が、期待と、そして長年の諦めを覆すほどの、強い希望に揺れているのが分かった。
「さあ、食ってみな。大丈夫、こいつは、あんたの毒に負けねえ。俺が保証する」
俺の言葉に、若者は意を決したように、ゆっくりと、震える手でその黒いハンバーガーを手に取った。そして、口元を覆っていた布を、おそるおそる外す。
彼は、ハンバーガーを、ゆっくりと、自分の口元へと運んだ。
そして、一口、大きくかぶりついた。
その瞬間、彼の動きが、ピタリと止まった。
いつもなら、この瞬間に、食べ物が口の中でどろりと腐り、不快な味と匂いが広がるはずだった。だが、今回は違う。
黒いバンズに練り込まれた食用炭が、彼の唾液に含まれる毒の成分を、瞬時に、しかし確実に吸着していく。ほうれん草のソースが、その性質を優しく中和していく。
彼の口の中に広がったのは、腐敗の味ではない。
肉汁溢れるパティの旨味、新鮮な野菜のシャキシャキとした食感、そして、ソースのクリーミーな味わい。生まれて初めて感じる、「料理」の、温かくて、複雑で、美味しい味だった。
《……味が、する……。腐らない……。しょっぱくて、甘くて、美味しい……味が、する……!》
彼の瞳から、大粒の涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちた。
それは、自分の呪いを嘆く、絶望の涙ではない。当たり前の奇跡を、生まれて初めて体験した、歓喜の涙だった。
彼は、それから無言で、しかしどこか神聖な儀式を行うかのように、一口、また一口と、ハンバーガーを味わって食べ進めていく。食べるたびに、彼の体と心に、温かいエネルギーが満ちていくのが分かった。
やがて、皿の上が綺麗になると、バジリスクの若者は、はぁ……と、深い、満足のため息をついた。そして、俺に向き直ると、その場に膝をつき、深く、深く、頭を下げた。
《ありがとうございます……! ありがとうございます、旦那様……! わたくしは、生まれて初めて、食事を『美味しい』と感じることができました……!》
「はは、気にすんな。腹が減ったら、美味いもんを食う。当たり前のことだろ?」
俺は、お土産に、食用炭の粉を小さな布袋に入れて渡した。
「お守りだ。これから食事をする時は、こいつを少しだけ、食べ物に振りかけてみな。そうすりゃあ、あんたは、もう自分の毒に怯える必要はねえ」
彼は、その黒い粉の入った袋を、まるで世界で一番の宝物のように、大切そうに両手で受け取った。
《このご恩は、生涯忘れません……!》
彼は、もう一度深々と頭を下げると、来た時とは比べ物にならないくらい、しっかりとした足取りで、店を出ていった。その背中には、もうあの暗い絶望の色はない。自分の呪いと共存し、生きていくための、確かな希望の光が灯っていた。
「やれやれ、今日の客も、一筋縄じゃいかねえ奴だったな」
俺は、空になった皿を片付けながら、一人、静かにつぶやいた。
強力すぎる毒も、使い方、付き合い方次第。この世界の理は、どこまでも深く、そして面白い。
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