第十九話:鬼火と生命の燃料の話(3/3)
俺は、湯気の立つお椀を、鬼火の前にそっと置いた。彼は食事を摂れない。だが、この湯気にこそ、彼の魂を癒す、生命のエネルギーが凝縮されているはずだった。
「さあ、遠慮はいらねえ。その湯気を、腹一杯吸い込むんだ。それが、今のあんたにとって、最高の飯になる」
俺が言うと、鬼火は、最後の望みを託すかのように、その小さな光の体を、お椀の上へと近づけた。
そして、立ち上る湯気を、まるで呼吸をするかのように、すぅーっ、と、その光の中心へと吸い込んでいく。
豚肉と大豆の「リン」。
根菜の「生命力」。
そして、味噌の「発酵の力」。
それら全てが溶け込んだ生命のエネルギーが、湯気となって、彼の弱りきった魂に、直接注ぎ込まれていく。
一口、また一口と、彼が湯気を吸い込むにつれて、その頼りない光に、信じられないような変化が起こり始めた。
今まで、青白く、まるで氷の炎のように揺らめいていただけの光が、その中心から、温かいオレンジ色の輝きを放ち始めたのだ。
《あ……あたたかい……。体の、ううん、魂の芯から、何かが燃えてくる……!》
彼の光は、みるみるうちに大きくなっていく。消えかけの灯火から、力強い松明の炎へ。そして、ついには、暖炉の中で燃える薪のように、安定した、温かく、力強い輝きを放つまでになった。
「どうだい、坊主。腹の底から、力が湧いてくるだろ?」
俺が言うと、鬼火は、歓喜に打ち震えるように、その光を大きく揺らめかせた。
《うん!すごい!もう、寒くない!消えそうだった僕の光が、こんなに熱く燃えてる!》
消滅の恐怖から完全に解放された彼は、店の中を、嬉しそうに、楽しそうに、ふわふわと飛び回った。その光は、もう儚いものではなく、冬の闇を照らす、希望の光そのものだった。
「はは、そりゃ良かったな。それだけ燃えてりゃ、春まで余裕で越せるだろ」
「うん!旦那さん、ありがとう!」
元気になった鬼火は、俺に深々と頭を下げるように、その光を一度、大きく輝かせた。
「ほら、これを持って行きな。お守りだ」
俺は、お土産に、炒った大豆を数粒、小さな布袋に入れて渡した。
「こいつも、リンがたっぷりだ。もし、また光が弱くなりそうになったら、こいつを少しずつかじるんだぞ。ポータブル燃料みてえなもんだ」
鬼火は、その布袋を、まるで宝物のように、光で優しく包み込むと、風のように店を飛び出していった。その光は、もう木枯らしに吹き消されることはない。冬の夜空を、力強く照らす、一つの美しい星となって、森の奥へと帰っていった。
「やれやれ、今日の客も、随分と熱い奴だったな」
俺は、空になったお椀を片付けながら、一人、静かにつぶやいた。
生き物の命の光。そいつを、もう一度輝かせるのも、また、食い物の力。
この食堂は、どうやら、ただの飯屋じゃない。
森の仲間たちの、魂そのものを温める、小さな暖炉なのかもしれないな。
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