第十九話:鬼火と生命の燃料の話(1/3)
仔竜の少年が、春までの長い眠りにつくためのエネルギーをその身に宿し、力強く巣へと帰ってから数日。森は、本格的な冬の訪れを前に、静まり返っていた。木々はすっかり葉を落とし、その裸の枝が、鉛色の空に向かって、まるで助けを求めるかのように伸びている。
「こう寒くなってくると、温かい汁物が恋しくなるな」
俺、仏田武ことぶっさんは、店の石窯に薪をくべながら、一人つぶやいた。客足も途絶えがちなこの季節は、新しい保存食を作ったり、店のメンテナンスをするには、ちょうどいい。
その時だった。
ヒュウウウッ…
と、店のドアの隙間から、木枯らしが鋭い音を立てて吹き込んできた。洗濯物が飛ばされそうになるほどの、強い風だ。そして、その風に乗って、まるで枯れ葉が一枚舞い込むかのように、小さな青白い火の玉が、店の中に転がり込んできた。
火の玉は、床の上を数回転がると、力なくその場に留まった。それは、生命力に満ちた炎ではなく、今にも消えてしまいそうな、頼りない光の塊だった。
(鬼火…ウィルオウィスプか。こいつはまた、ずいぶんと儚げな客が来たもんだ)
俺が訝しんで近づくと、その小さな火の玉が、わずかに揺らめいた。
《あ……あの……。助けて……ください……。寒い……消えちゃう……》
脳内に響いてきたのは、風前の灯火という言葉がぴったりの、途切れ途切れで、か細い声だった。
「おいおい、大丈夫かい。とりあえず、こっちのストーブのそばに来な」
俺が声をかけると、鬼火は、最後の力を振り絞るように、ふわりと宙に浮き、ストーブの前にたどり着くと、その場にぽとりと落ちた。
《僕…もうすぐ、消えちゃうかもしれないんです…。僕たち鬼火は、湿地の土から湧き出る、特別な気…『生命の燐光』を吸って、こうして燃えているんです》
彼は、ストーブの温かさで少しだけ光を取り戻し、必死に訴えかけてきた。
《でも、冬が来て、土が凍り始めると、その気が湧いてこなくなって…。だんだん、僕の光が、小さく、弱くなっていくんです。このまま光が消えたら、僕は…僕はいなくなっちゃう…》
なるほど。エネルギー源の枯渇による、消滅への恐怖か。寒さという、抗いがたい自然現象が原因とあっては、彼一人の力ではどうしようもないだろう。
俺は、彼の揺らめく光を、じっと観察する。
(この光は、ただの炎じゃねえな。ホタルや深海の生き物が光る「生物発光」の仕組みに近い。となると、必要なのは、発光物質と、それを燃やすためのエネルギー…。鬼火の正体は、湿地で有機物が分解される時に発生する『リン化水素』が自然発火する現象だっていう説もある。どちらにせよ、鍵は『リン』と、それを効率よくエネルギーに変える仕組みだ)
「坊主、あんたのその悩み、よく分かった。あんたの光は、最高の燃料を必要としてるんだ」
《ねんりょう…?》
「ああ。あんたの体を燃やし続けるための、特別な栄養だ。よし、任せとけ」
俺はニヤリと笑うと、消滅の恐怖に怯える小さな光に、力強く宣言した。
「今日は、君の魂に、春まで燃え続ける、最高の燃料を、腹一杯補給してやる!」
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