幕間:小さな勇者と春の約束
僕の名前は、まだない。竜族の子供だ。
もうすぐ、僕にとって初めての「大いなる眠り」がやってくる。長老たちは、それは竜にとっての試練であり、誇りなのだと言った。でも、僕は、ただただ、怖かった。
寒い。いつも、いつも、寒かった。
いくら森の草を食べても、いくら小さな獣を捕まえても、僕の体は少しも温まらなかった。お腹はいっぱいになるのに、すぐにまた空っぽになって、体の芯から冷えていく。尻尾の先に灯る、僕の命の炎も、今にも消えてしまいそうなほど、小さく、頼りなかった。
このまま眠りについたら、きっと、春が来ても、僕はもう目覚めることができない。
その恐怖が、鉛のように、僕の小さな体にのしかかっていた。
その日も、僕は冷たい風に震えながら、森をさまよっていた。その時、ふわりと、今まで嗅いだことのない、不思議な匂いがしてきたんだ。力強くて、温かくて、僕の体の奥底にある、本能みたいなものが「これを食べろ」と叫んでいるような、そんな匂い。僕は、その匂いに引き寄せられるように、一軒の食堂にたどり着いた。
お店の旦那さんは、ぶっさんと名乗った。
彼は、震える僕を見て、僕の体の「内なる炎」が消えかかっているんだと教えてくれた。僕に足りなかったのは、食べる量じゃなくて、エネルギーの「質」だったんだって。
彼が作ってくれたのは、「ポットパイ」という、不思議な料理だった。
壺の上に、こんがりと焼けたパンみたいな蓋が乗っている。それをスプーンで崩した瞬間、僕の鼻を、魂を、圧倒的な香りが支配した。肉の匂い、木の実の匂い、そして、僕が今まで知らなかった、たくさんの温かい匂い。
一口、口に運んだ。
その瞬間、僕の体の中で、小さな太陽が生まれた。
おいしい。
おいしいなんて言葉じゃ、足りない。
体の芯、お腹の底から、今まで感じたことのない、深く、力強く、そしてどこまでも温かいエネルギーが、手足の先まで、一気に満ちていく!
夢中で食べた。食べるたびに、僕の内なる炎が、最高の薪をくべられたみたいに、どんどん、どんどん、燃え上がっていくのが分かった。
食事が終わる頃には、もう寒くなかった。それどころか、体が燃えるように熱かった。
そして、奇跡が起きた。
ずっと、小さな灯火だった僕の尻尾の炎が、**ゴォォォッ!**と音を立てて、燃え上がったんだ。
赤くて、大きくて、温かい。これだ。これが、僕の本当の炎だ。
「ありがとう!」
僕は、旦那さんに叫んで、店を飛び出した。
もう、冬は怖くない。「大いなる眠り」は、もう、恐怖じゃない。
ぶっさん様、ありがとう。
あなたの作ってくれた、あの温かいポットパイは、僕の体に、春まで燃え続ける、最高の薪をくれました。
僕は、この温かい炎を胸に、立派に冬を越えてみせる。
そして、春になったら、一番に、あなたに報告に行くよ。
「ただいま!」って、元気な声で、この店のドアを開けるんだ。
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