第二話:誇り高きグリフォンと天然のサングラス (3/3)
グリフォンは、特大のスプーンでグラタンをすくい上げ、恐る恐る口元へと運んだ。
その一口を飲み込んだ瞬間、彼の全身がピシリと硬直した。
《なっ……!?》
脳内に響く、驚愕の声。
《なんだこの、舌に絡みつくような濃厚な味わいは! クリーミーでありながら、草の風味が爽やかで……そしてこの塩気のある塊が、すべてを一つにまとめ上げている……! う、美味い……! こんなものは、食したことがない……!》
外面ではポーカーフェイスを保とうとしているが、内心は美味さの嵐が吹き荒れているのが手に取るように分かる。俺は口元が緩むのを必死にこらえた。
グリフォンは二口、三口と、無言でグラタンを食べ進めていく。そのスピードは徐々に上がり、誇り高い空の王者の威厳はどこへやら、ただひたすらに熱々のグラタンをその口にかき込んでいた。
やがて、皿が綺麗に空になると、グリフォンははぁ……と一つ、大きなため息をついた。その表情は、来た時よりも幾分か穏やかになっている。
「……美味かったか?」
俺が尋ねると、グリフォンはふいっと顔をそむけた。
《……まあな。腹の足しにはなった》
(素直じゃないねぇ、まったく)
だが、その心の声は正直だった。
《……美味かった。体が、内側から温まるようだ。それに、心なしか、霞んでいた視界が少しだけはっきりしたような……》
その言葉を聞いて、俺はカウンターから出ると、彼のそばに腰を下ろした。
「なあ。最近、狩りがうまくいかないんじゃないか? 高い空から獲物を見つけるのが、少し難しくなったとか」
俺が核心を突くと、グリフォンはビクッと体を震わせ、気まずそうに黙り込んだ。図星、といったところか。
「無理もないさ。あんたほどの目を持ってりゃ、その分、負担も大きい。たまには目を休ませてやることも大事だぜ。遠くの森の緑をぼーっと眺めたりするだけでも、だいぶ違う」
俺の言葉に、グリフォンは驚いたようにこちらを見た。
《……なぜ、そこまで分かる》
「しがない食堂の親父でも、伊達に歳は食ってないんでな。それに、あんたみたいな誇り高い奴が、誰にも言えずに一人で悩んでるのを見るのは、どうにも性に合わねえんだ」
俺は立ち上がると、厨房から緑葉草の束と、小さな布袋を取り出した。
「こいつを持って行きな。家に帰って、スープにでも何でもいい、煮て食うといい。すぐに良くはならねえだろうが、続ければきっと、また昔みたいに空高くからウサギ一匹見つけられるようになるさ」
緑葉草の束を差し出すと、グリフォンはしばらくそれを見つめていたが、やがて静かにクチバシでそれを受け取った。
《……礼を言う。この借りは、いずれ返す》
「はは、気にすんな。代金は、そのグラタン皿で十分だ。またいつでも来いよ。腹が減っても、目が疲れてもな」
グリフォンはもう一度、短く《ふん》と鼻を鳴らすと、翼を広げた。今度はどこにもぶつけることなく、しなやかな動きで店の外に出る。
そして、空に向かって大きく羽ばたき、あっという間に空の彼方へと消えていった。
「さてと……屋根の修理代、請求すりゃよかったかな」
俺は一人ごちて、空になったグラタン皿を手に取った。
ピカピカに磨かれたように綺麗になった皿を見て、俺は思わず笑ってしまった。どうやら、最高の褒め言葉は、もう貰っていたらしい。
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