第十八話:仔竜とエネルギー貯蔵の話(1/3)
ドッペルゲンガーの若者が、世界の「仕組み」を学ぶための旅に出てから、数日が過ぎた。森の木々は、最後の輝きとばかりに、赤や黄色の葉を燃やし、店の中にも、ひらり、ひらりと枯れ葉が舞い込んでくるようになった。秋の終わり。冬の足音が、もうすぐそこまで聞こえてきている。
「さて、そろそろ根菜のシチューでも仕込むかねぇ」
俺、仏田武ことぶっさんが、そんなことを考えながら厨房に立っていた、冷たい風が吹く日のことだった。
カランコロン、と、まるで重い荷物を引きずるような、弱々しいドアの音がした。
見ると、そこに、小さな子供が立っていた。
年の頃は、人間の子供で言えば10歳くらいだろうか。その頭には、生まれたばかりの子鹿のような、小さな角が二本生えている。背中には、まだ飛ぶには心許ない、蝙蝠のような翼。そして、その瞳は、深い森の湖の色をしていた。竜族の子供、仔竜だ。
だが、その姿は、伝説に語られるような力強さとは程遠かった。彼は、ひどく疲れ果てた様子で、その場にへたり込みそうになるのを、必死にこらえている。
「いらっしゃい。坊主、大丈夫かい? ずいぶんと、しんどそうじゃねえか」
俺が声をかけると、仔竜はゆっくりと顔を上げた。その瞳には、深い不安と、どうしようもない恐怖の色が浮かんでいる。
《あ、あの……。ここが、どんな悩みも解決してくれるっていう、食堂……?》
脳内に響いてきたのは、今にも消えてしまいそうな、か細い声だった。
「ああ、そうだ。まあ、座りな。何か、温かいもんでも淹れてやるから」
俺が促すと、仔竜は、ふらふらとした足取りでカウンターの席に腰掛けた。
《もうすぐ、僕たち竜族にとって、初めての『大いなる眠り』…冬眠の季節がやってくるんだ…。長老たちは、『春には必ず目が覚める』って言うけど、僕は怖いんだ》
彼は、自分の小さな手を、ぎゅっと握りしめた。
《だって、最近いくら食べても、ちっとも力が湧いてこないんだ。お腹はいっぱいになるのに、すぐにまたお腹が空いて、体が冷たくなる。このまま眠りについたら、長い冬の間、僕の命の火が消えちゃって、二度と目が覚めないんじゃないかって……》
なるほど。初めての冬眠への恐怖と、それを裏付ける、深刻なエネルギー不足か。
俺は、彼の体を、じっくりと観察する。痩せているわけではない。だが、その体に蓄えられているエネルギーの「質」が、ひどく悪いように見えた。
「坊主、最近、何食ってるんだ? 草か? それとも、脂の少ない、普通の肉か?」
《え…うん。森の草とか、捕まえやすい小動物とか…。どうして、それを?》
「あんたのその不調は、食う量が足りねえんじゃねえ。冬を越すための、エネルギーの『質』が、圧倒的に足りてねえんだよ」
俺は、不安げな仔竜の頭を、優しく撫でた。
「いいかい。冬眠ってのはな、ただ眠るだけじゃねえ。春までの長い間、何も食わずに生き延びるための、究極の省エネモードなんだ。そのためには、体に、最高の『薪』を、ぎゅうぎゅうに詰め込んでおかなきゃならねえ。その薪ってのが、カロリーの高い、良質な脂肪なんだよ」
俺の説明に、仔竜は、きょとんとしていた。
「君の体に必要なのは、量じゃない、質なんだ。よし、任せとけ」
俺はニヤリと笑うと、初めての冬に怯える小さな勇者に、力強く宣言した。
「今日は、君の体に、春まで燃え続ける、最高の薪を、腹一杯くべてやる!」
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