幕間:不完全な僕とミルフィーユの設計図
僕は、ずっと、何者でもなかった。
岩になろうとすれば、中はふにゃふにゃの粘土になる。鳥になろうとすれば、翼はただの木の枝になる。僕が見ていたのは、世界の、ただの「うわべ」だけだった。その形、その色、その手触り。それを真似ることしかできなかった。
どうして、岩はあんなに硬いんだろう。
どうして、鳥はあんなに軽やかに空を飛べるんだろう。
その「どうして」の部分が、僕には全く分からなかった。だから、僕は、いつだって不完全な偽物だった。偽物でいることは、自分が自分でないような、足元から体が崩れていくような、途方もない孤独を感じさせた。
その日も、僕はまた、失敗作の体を引きずって、森をさまよっていた。そんな時、風の噂で、あの食堂のことを聞いたんだ。
お店の主、ぶっさんと名乗る人は、僕の崩れた体を見ても、笑わなかった。それどころか、僕の悩みの、一番奥深くにある芯の部分を、いとも簡単に見抜いてみせたんだ。「君は、設計図なしに家を建てようとしてるようなもんだ」と。
設計図…。僕がずっと、探し求めていたものかもしれない。
彼が教えてくれたのは、料理を通して学ぶ、世界の「仕組み」だった。
目の前に出された、美しいお菓子「ミルフィーユ」。それを、彼は大胆に、三つの部品に分解してみせた。
サクサクしたパイ生地は「構造」。
とろりとしたクリームは「結合」。
甘酸っぱいフルーツは「要素」。
一つ一つを、舌で、体で、学んでいく。なるほど、パイ生地が骨格で、クリームがそれらを繋ぎ合わせ、フルーツが彩りを添えているのか…。今まで、ただの一つの塊にしか見えなかったものに、ちゃんと意味と役割があることを、僕は初めて知った。
そして、最後に、完璧な形で組み上げられたミルフィーユを食べた時、僕の中で、何かが弾けた。
すごい…!
バラバラだった部品が、お互いを支え合い、高め合い、一つの完璧な「美味しい」という芸術になっている!
これだ。僕に足りなかったのは、この感覚だ。
物事の、表面だけじゃない。その奥にある、揺るぎない「仕組み」と「構造」の理解。
僕は、店の隅にあった、ただの椅子を見つめた。
でも、もう、それはただの椅子には見えなかった。僕には、その設計図が見えたんだ。
四本の脚がどうやって全体重を支え、座面と背もたれがどうやって力を分散させているのか。
気づけば、僕は、椅子になっていた。
今までのような、ぐにゃりとした偽物じゃない。硬くて、強くて、誰が座ってもびくともしない、完璧な椅子に。
生まれて初めて、僕は、「完璧なもの」になれた。
それは、僕が、僕自身になれた瞬間だったのかもしれない。
ぶっさん様、ありがとう。
あなたの作ってくれたお菓子は、僕に、世界の設計図の読み方を教えてくれました。
僕は、これから旅に出ます。そして、この世界の、ありとあらゆるものの「仕組み」を、この目で、この体で、学んでみせます。
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