表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気まぐれ食堂ねこまんま〜動物好きおっさんの異世界飯テロ日誌〜  作者: はぶさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/300

第十七話:ドッペルゲンガーと構造の話 (3/3)

俺は、もう一つ、完璧な形のミルフィーユを、彼の前にそっと置いた。

それは、先ほど彼がバラバラに味わった、三つの要素(構造、結合、装飾)が、完璧なバランスで組み合わさった、完成品だった。


「さあ、食ってみな。今度は、全部一緒にだ。さっき学んだことを、舌と、頭と、体全体で、もう一度味わい直すんだ」


ドッペルゲンガーの若者は、こくりと、真剣な表情で頷いた。

彼は、フォークを手に取ると、その刃を、サクサクのパイ生地に、ゆっくりと、しかし迷いなく突き立てる。


サクッ…


心地よい音がして、パイ生地とクリームが、美しい層を保ったまま切り分けられる。

彼は、その一切れを、静かに口に運んだ。


その瞬間、彼の瞳が、驚きと、そして、今まで彼がしたことのない「理解」という表情で見開かれた。


《……!すごい……!》


脳内に響く、歓喜の声。


《さっき、バラバラに食べた時とは、全然違う!サクサクしたパイ生地(構造)の食感を、滑らかなクリーム(結合)が優しく包み込んで、そこに、フルーツ(要素)の甘酸っぱさが、完璧なタイミングでやってくる…!全部が、お互いを支え合って、一つの、完璧な『美味しい』になってるんだ!》


彼は、夢中で、しかし一口一口を、まるで難解な設計図を読み解くかのように、確かめながら食べ進めていく。

今まで、彼がやっていた変身は、このミルフィーユの、表面に塗られた粉砂糖だけを真似ているようなものだったのだ。その下にある、複雑で、計算され尽くした構造を、彼は全く理解していなかった。


やがて、皿の上が綺麗になると、ドッペルゲンガーの若者は、はぁ……と、深い、満足のため息をついた。

そして、彼は、ゆっくりと立ち上がった。その体は、まだ不安定なままだ。


だが、その瞳に宿る光は、来た時とは全く違っていた。


《旦那さん……ありがとう。僕、分かった気がします。僕に足りなかったものが、何だったのか》


彼はそう言うと、店の隅に置かれていた、ごく普通の木製の椅子を、じっと見つめ始めた。

今までなら、ただその「形」と「色」だけを、ぼんやりと見ていただろう。だが、今の彼には、その椅子の、もっと奥深くにあるものが見えていた。


(四本の、力強い脚。これが、全体重を支える構造の基本。座面と背もたれを繋ぐ、この接合部分が、強度を保つための結合の要。そして、この滑らかに削られた肘掛けが、座る者に安らぎを与える要素……)


彼は、目を閉じて、その構造を、完全に頭の中に描き出す。

そして、ゆっくりと、その体を変質させていった。


ぐにゃり、とした、今までの不安定な変化ではない。

まるで、熟練の大工が木材を組み上げていくように、確かな意志を持って、彼の体が再構築されていく。


そして、数秒後。

そこには、さっきまで彼が見つめていた椅子と、寸分違わぬ、完璧な木製の椅子が、どっしりと、安定感を持って鎮座していた。


俺は、その椅子を、コンコン、と指で叩いてみる。硬い。中身の詰まった、本物の木の音がする。


「……すごいじゃねえか、坊主!完璧な椅子だ!」


俺が言うと、椅子は嬉しそうに、少しだけガタッと揺れた。そして、また元の、不安定な若者の姿に戻る。


《できた……!僕、初めて、完璧なものになれた!》


彼は、自分の手を見つめ、その成功に打ち震えていた。


《旦-那さん、本当にありがとう!僕は、これから、世界のいろんなものの『仕組み』を、勉強しに行くよ!そして、いつか、この世で一番美しいものに、なってみせる!》


希望に満ちた顔でそう言うと、彼は俺に深々と頭を下げ、今度は一度も崩れることなく、しっかりとした足取りで、店を後にしていった。


「やれやれ、物事の本質、か。料理も、人生も、案外、同じなのかもしれねえな」


俺は、空になったミルフィーユの皿を片付けながら、一人、静かにつぶやいた。


ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになります。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ