第十七話:ドッペルゲンガーと構造の話(1/3)
自分自身の輝きを見つけたミミックが、希望に満ちて旅立ってから数日。店にはまた、穏やかな時間が流れていた。俺、仏田武ことぶっさんは、カウンターを磨きながら、あのミミックの青年が見せてくれた、見事な椅子の姿を思い出していた。
「宝箱のままでも、あんなに美しくなれる。大事なのは、何であるかじゃなく、どう在るか、か。深いもんだな、まったく」
そんなことを考えていると、カランコロン、と、ひどく自信なさげで、迷いに満ちたドアの音がした。
見ると、そこに、なんとも奇妙な姿の若者が立っていた。
体の半分は、ごつごつとした岩肌のようだが、なぜか粘土のようにぐにゃりと歪んでいる。もう半分は、瑞々しい木の葉が生い茂っているが、その葉は一枚一枚が紙のように薄っぺらく、生気がない。彼は、一歩、店の中に足を踏み出した。だが、その足は、着地した衝撃で、ぼろりと崩れて土くれになってしまった。
「うわっ!」
彼は、バランスを崩してその場にへたり込むと、自分の崩れた足を見て、絶望に顔を歪めた。
(ドッペルゲンガー…か。他のものに姿を変えるという。だが、こいつは、ずいぶんと不器用とみえる)
「いらっしゃい。まあ、気にすんな。床は後で掃いとくから。それより、その体、どうしたい? ずいぶんと、不安定そうじゃねえか」
俺が声をかけると、若者――ドッペルゲンガーは、泣きそうな顔でこちらを見上げた。
《うう…ごめんなさい…。僕は、見たものそっくりに変身できるはずなんです…。なのに、いざやってみると、いつも、いつも何かが違うんです》
彼は、涙ながらに訴え始めた。
《見てください。この岩も、見た目は岩なのに、中はふにゃふにゃで、自分の重さも支えられない。この前、鳥になろうとしたら、片方の翼がただの木の枝になってしまって、空を飛ぶこともできなかった…。僕は、何一つ、完璧なものになれないんです。これじゃあ、僕は、僕自身が何なのかも分からない…》
なるほど。彼の悩みは、自分の能力が中途半端であることによる、アイデンティティの喪失か。物事の表面だけを、器用にコピーすることはできる。だが、その本質を、全く理解できていない。
俺は、彼の崩れた足元をじっくりと観察する。
(土台が、なってねえな。これじゃあ、家を建てる時、外壁のペンキの色だけを真似て、基礎も柱も作らねえようなもんだ。すぐに崩れて当たり前だ)
「坊主、あんたのその悩み、原因はシンプルだ。あんたは、物事の『構造』を、全く理解してねえんだよ」
《こうぞう…?》
「ああ。例えば、家を建てる時、外見だけを真似ても、それを支える基礎や柱、梁といった構造を理解していなければ、すぐに崩れてしまう。それと同じで、この世の全ての物事には、その形を支えるための**『構造』と『仕組み』**があるんだ。鳥が飛べるのは、中が空洞になった軽い骨と、風を受けるための羽の構造があるから。岩が硬いのは、その結晶構造のおかげだ。表面だけを真似ても、本物にはなれねえのさ」
俺の説明に、ドッペルゲンガーの若者は、呆然としていた。今まで、そんなこと、考えたこともなかったのだろう。
「君は、設計図なしに、見よう見まねで家を建てようとしてるようなもんだ。そりゃあ、うまくいかねえよ」
俺はニヤリと笑うと、絶望に沈む若者に、力強く宣言した。
「よし、任せとけ。今日は、料理を通して、お前に、物事の組み立て方を、基礎の基礎から教えてやる!」
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