幕間:宝箱の心と木目の輝き
僕はずっと、空っぽだった。
薄暗いダンジョンの片隅で、ただ、じっと息を潜めているだけの、ただの箱。時々やってくる冒険者たちは、僕の中にきらびやかな宝物を見つけると、歓声を上げてそれを取り出し、僕のことなんて見向きもせずに去っていく。そして、中身がなくなった僕は、蹴飛ばされ、打ち捨てられる。
「空っぽの箱なんて、価値がない」
誰かが言ったその言葉が、ずっと僕の心を縛り付けていた。
傷だらけのこの体も、ざらざらの木肌も、大嫌いだった。宝箱じゃない、何か別の、美しいものになれたなら。そう願っても、僕にできるのは、ただの箱でいることだけだった。
そんな絶望の中で、風の噂を耳にしたんだ。森の奥に、どんな悩みも解決してくれる、不思議な料理人がいるって。
料理人が、僕を? 空っぽの箱を? 馬鹿げた話だ。でも、何かにすがりたかった。僕は、長い時間をかけて、暗いダンジョンを抜け出した。傷だらけの体を引きずるように、滑るようにして、その食堂へと向かった。
お店の主、ぶっさんと名乗る人は、僕のことを見ても、ただの箱として扱わなかった。彼は、僕の心の声を聞いて、そして、僕の体を、まるで大切なアンティーク家具を労わるように、優しく撫でてくれたんだ。
「君の体の中には、本当は、すごく美しい模様が眠ってるはずだぜ」
初めて言われた言葉だった。
彼が作ってくれたのは、「食べる家具ワックス」という、不思議な料理だった。
甘くて、香ばしくて、どこか心を落ち着かせる、温かい香り。僕がそれを、おそるおそる体に吸収していくと、信じられないことが起きた。
体の内側から、温かい力が満ちてくる。
冒険者につけられた深い傷が、癒えていく。乾燥してささくれ立っていた心が、潤っていく。
そして、僕の体に、今まで見たこともない、複雑で、力強くて、美しい模様が、ふわりと浮かび上がってきたんだ。
鏡に映った自分の姿を見て、僕は、初めて知った。
空っぽでも、宝箱のままでも、僕は、こんなに綺麗になれるんだって。
嬉しくて、僕は、生まれて初めて、自分の意思で姿を変えてみた。見事な椅子に。それは、誰かのためじゃない。僕自身が、美しいと、そう思えたから。
ぶっさん様、ありがとう。
あなたの作ってくれた、あの温かいペーストは、僕の体の傷だけじゃなく、空っぽだと思い込んでいた、僕の心まで、満たしてくれました。
もう、僕は、ただの箱じゃない。
これから、もっと色々なものになってみよう。そして、世界中の美しいものを、この体で表現してみせるんだ。
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