第十六話:ミミックと自己肯定感の話 (3/3)
ミミックは、目の前に置かれた、甘く、優しい香りを放つペーストを、ただじっと見つめていた。その体は、期待と不安で、わずかに、カタカタと震えているようだった。
「さあ、食ってみな。いや、『吸収』してみな。こいつを、君の体の一部にするんだ。外側から塗るだけじゃ意味がねえ。内側から、君自身が輝くんだよ」
俺の言葉に、ミミックは意を決したようだった。
彼は、その宝箱の体から、木でできた触手のようなものを、ゆっくりと、おずおずと伸ばした。そして、器の中の黄金色のペーストに、そっと触れる。
じゅわ……と、ペーストが、まるで乾いた大地に水が染み込むように、彼の体に吸収されていく。
一口、また一口と、彼がペーストを吸収していくにつれて、その傷だらけだった体に、信じられないような変化が起こり始めた。
冒険者に蹴飛ばされてできた凹みや、剣でつけられた深い傷が、まるで早送りの映像のように、内側から盛り上がり、みるみるうちに消えていく。乾燥してささくれ立っていた木肌は、潤いを取り戻し、しっとりとした、滑らかな表面に変わっていく。
そして、奇跡は、その木目の上で起きた。
ただの汚れた板切れだと思われていた彼の体に、今まで隠されていた、複雑で、美しい模様が、ふわり、と浮かび上がってきたのだ。
それは、ある部分では、荒々しい嵐の海のようであり、ある部分では、静かな森の木々のようでもあった。二つとして同じ模様はない、彼だけの、唯一無二の、芸術的な木目(杢)だった。
《あ……あれ……? 僕の、体……? 傷が、ない……。それに、この模様は……なに……?》
ミミックは、信じられないといった様子で、自分の体を見つめている。
俺は、店の壁にかけてあった手鏡を持ってくると、彼の前にそっと置いてやった。
鏡に映った、自分の姿。
それはもう、薄汚れた、ただの宝箱ではなかった。
長い年月を経て、奇跡的な偶然が重なって生まれるという、最高級の工芸品に使われる「杢」の模様を持つ、世界に一つだけの、美しい木製の箱。
《きれい……》
ミミックの心の声が、震えていた。
それは、初めて、自分自身のことを、心から「美しい」と思えた瞬間の、魂の声だった。
自信を得た彼は、俺の前で、一度、ぎゅっと体を縮こませたかと思うと、その姿をゆっくりと変え始めた。
宝箱の形が、滑らかに変化し、やがて、それは、見事な装飾が施された、一脚の美しい椅子になった。さっきまで彼の体を飾っていた唯一無二の木目が、その椅子のデザインとして、完璧に活かされている。
「すごいじゃねえか、坊主! やればできるじゃないか!」
俺が言うと、彼は少し照れくさそうに、また元の宝箱の姿に戻った。
《旦那さん、ありがとう……! 僕、宝箱のままでも、こんなに綺麗になれるんだね! これからは、もっと色々なものになって、みんなを驚かせてみたいな!》
希望に満ちた声でそう言うと、ミミックは俺に深々と頭を下げた。そして、来た時とは比べ物にならないくらい、軽やかに、そして誇らしげに、店の隅からすーっと滑るようにして、外の世界へと旅立っていった。
「やれやれ、自分を好きになるってのは、最高の栄養だな」
俺は、空になった木の器を片付けながら、一人、静かにつぶやいた。
彼の体から、ほんのりと、まだ蜜蝋とクルミの甘い香りがした。
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