第十六話:ミミックと自己肯定感の話(1/3)
サラマンダーの少年が、元気な炎を取り戻してから数日。店にはまた、穏やかな時間が流れていた。俺、仏田武ことぶっさんは、カウンターを磨きながら、この不思議な店にやってくる客たちのことを考えていた。
「炎の熱も、体の冷えも、結局はバランスか。生き物ってのは、本当に繊細なもんだな」
そんなことを考えていると、ふと、店の隅に、今までなかったはずのものが置かれているのに気づいた。
それは、古びて、あちこちが傷だらけになった、木製の宝箱だった。金具は錆びつき、木肌は乾燥してささくれ立っている。おそらく、どこかのダンジョンで、中身だけを抜き取られて、打ち捨てられたものだろう。
(誰かの忘れ物か? いや、それにしちゃあ、気配が……)
俺が訝しんで、その宝箱に近づいた、その時だった。
宝箱の蓋が、ぎぃ、と、か細い音を立てて、ほんの少しだけ開いた。そして、その隙間から、おずおずとした、ひどく自信なさげな声が聞こえてきたのだ。
《あ、あの……ごめんなさい……。勝手に入って……。でも、どうしても、あなたに会いたくて……》
「……ミミックか。なるほどな。まあ、驚かねえよ。で、どうしたい? 腹でも減ってるのか?」
俺が言うと、宝箱――ミミックは、ふるふると、蓋を震わせた。
《ううん、違うんです……。僕、もう、宝箱でいるのに、疲れちゃったんです……》
その声は、今にも泣き出してしまいそうだった。
《みんな、僕のことを見つけると、蹴飛ばしたり、無理やり鍵をこじ開けようとしたり…誰も、僕自身のことなんて見てくれない。僕は、ただの『入れ物』なんです。本当は、もっと違う、綺麗なもの…例えば、美しい彫刻が施された家具とか、そういうものになってみたいんです。でも、僕の体は、この傷だらけの汚い木目だし、そもそも、宝箱以外のなり方なんて、分からないし……》
なるほど。彼の悩みは、与えられた役割と、本当になりたい自分とのギャップ。そして、自分自身に対する、深い諦めと、自信のなさか。
俺は、彼の体を、優しく撫でてやった。
(乾燥して、栄養が足りてねえな。これじゃあ、綺麗な木目も出るわけがねえ。心も体も、カサカサになっちまってる)
「坊主、あんたの悩み、よく分かった。見た目を綺麗にすりゃあ、心もシャンとするもんさ。それに、あんたは自分が思ってるほど、汚くなんかない。あんたのその体の中には、本当は、すごく美しい模様が眠ってるはずだぜ」
《え……?》
「ああ。古い家具の手入れと一緒だ。傷や汚れを落として、ちゃんと栄養を与えてやりゃあ、木は、本来の美しさを取り戻すんだ。よし、任せとけ」
俺はニヤリと笑うと、家具職人のような口調で、自信なさげな宝箱に宣言した。
「今日は、君の心と体を、内側からピカピカに磨き上げてやる。世界で一番美味い、『家具ワックス』でな!」
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