第二話:誇り高きグリフォンと天然のサングラス (2/3)
「了解。とびきり美味いもんを作ってやるよ。少し待ってな」
俺は厨房に向かうと、まず大きな鉄鍋に湯を沸かし始めた。今回の客は、空の王者グリフォン。中途半端な料理は、彼のプライドが許さないだろう。
(さて、何を作るか……。彼の様子からして、問題はやっぱり「目」だろうな。鷲の視力は人間の何倍も良いって言うが、その分、維持するためのエネルギーも半端ないはずだ)
俺は棚から、この辺りの森で採れる「緑葉草」という、ほうれん草にそっくりな野菜を取り出した。
「鷲の目には『中心窩』っていう、光を感じる細胞が密集した部分がある。いわば超高性能なセンサーだ。だが、強い光や紫外線は、そのセンサーにとって大敵。それを守るのが『ルテイン』っていう栄養素だ。いわば『天然のサングラス』だな」
独り言のように呟きながら、緑葉草をザクザクと切っていく。この緑葉草には、そのルテインが豊富に含まれている。
沸騰した湯でさっと緑葉草を茹で、冷水にさらしてアクを抜く。それをバターで炒めたキノコと合わせ、この世界で手に入れた牛乳と、小麦粉で作ったホワイトソースと絡めていく。味の決め手は、チーズだ。幸運にも、旅の行商人から岩塩と、山羊の乳から作ったという濃厚なチーズを手に入れていた。
耐熱皿に具材を移し、上からチーズをたっぷりと振りかける。そして、店の奥に設置した石窯に、そっと滑り込ませた。
しばらくすると、チーズの焦げる香ばしい匂いと、ホワイトソースのクリーミーな香りが店内に満ちていく。
カウンターに座るグリフォンが、鼻をひくつかせているのが分かった。その心の声が、俺の脳内に響いてくる。
《……む。なんという、食欲をそそる香りだ。この俺が、腹の虫ごときに心を乱されるとは……》
(お、効いてる効いてる)
俺は心の中でガッツポーズをした。
焼き上がったグラタンを石窯から取り出す。表面はこんがりとキツネ色に色づき、中のソースがぐつぐつと煮えたぎっている。
「お待ちどう! 熱いから気をつけな。特製、緑葉草とキノコのチーズグラタンだ」
グリフォンの前に、大きな木の皿に乗せたグラタンを置く。その瞬間、彼の鋭い瞳が、わずかに揺らいだように見えた。
《……ただの草ではないか。俺は肉食だぞ》
強がりを言っているが、その視線は熱々のグラタンに釘付けだ。
「まあ、そう言うなよ。空の王者たるあんたが、いつまでも最高の視力を保てるように、まじないをかけといたんだ。この緑葉草はな、『天然のサングラス』って呼ばれてるくらい、目に良い栄養がたっぷりなんだぜ」
俺の言葉に、グリフォンはハッとしたように顔を上げた。
《……天然の、サングラスだと?》
「ああ。強い日差しから、あんたのその誇り高い目を守ってくれる、お守りみたいなもんだ。まあ、騙されたと思って食ってみてくれよ」
俺がそう言って微笑むと、グリフォンはしばらくの間、グラタンと俺の顔を交互に見ていた。そして、やがて意を決したように、おずおずとスプーン(もちろん彼専用の特大サイズだ)を手に取った。
その一口が、彼の固く閉ざされた心を開く鍵になることを、俺は確信していた。
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