第十五話:サラマンダーと代謝の話 (3/3)
俺は、その一皿を、震えるサラマンダーの少年の前に、そっと置いた。
彼は、目の前から立ち上る、力強いスパイスの香りと熱気に、ただただ、圧倒されているようだった。今まで食べてきた、優しい味の木の実とは、全く違う、野性的で、攻撃的な香り。
「さあ、食ってみな。少し辛いかもしれねえが、今のあんたには、これくらいの刺激が必要なんだ」
俺が促すと、少年は意を決したように、小さなスプーンを手に取った。そして、カレーとご飯を一緒にすくい、おずおずと、その一口を口に運んだ。
その瞬間、少年の大きな瞳が、驚きに見開かれた。
《から…い!けど……おいしい……!それに、なんだか、体が……》
一口、また一口とカレーを食べ進めるうちに、彼の体に、劇的な変化が起こり始めた。
スパイスの刺激が、彼の体の血の巡りを良くし、内側から、強制的に熱を生み出していく。ひき肉と豆の栄養が、消えかけていた彼の「内なる炎」に、極上の燃料として、次々とくべられていく。
彼の青白かった肌に、じんわりと赤みが差していくのが分かった。小刻みに震えていた体は、いつの間にか、ぴたりと止まっている。
「どうだい、坊主。体の芯から、火が点いてきただろ?」
俺が言うと、少年はこくりと、力強く頷いた。その額には、玉のような汗が浮かんでいる。もはや、彼を覆っていた毛布は必要なかった。
そして、食事が終わる頃には、彼はすっかり元気を取り戻していた。頬は健康的な赤色に染まり、その瞳には、子供らしい、活発な光が戻っている。
そして、奇跡は、彼の尻尾で起きた。
今まで、か細く揺らめくだけだった小さな火の玉が、一度、きゅっと収縮したかと思うと、
ボッ!
と、乾いた音を立てて、勢いよく燃え上がったのだ。
それはもう、消えかけの灯火ではない。薪の火のように、力強く、そして温かく燃え盛る、サラマンダー本来の、生命力に満ちた炎だった。
《あ……!僕の、炎が……!燃えてる!温かいよ!》
少年は、自分の尻尾で燃える、力強い炎を、信じられないといった様子で見つめている。そして、歓喜の声を上げると、店の中を、元気いっぱいに駆け回り始めた。
「はは、そりゃ良かったな。もう、寒くはねえだろ?」
「うん!全然!体が、中から燃えてるみたいだ!旦那さん、ありがとう!」
元気になったサラマンダーは、俺に深々と頭を下げると、風のように店を飛び出していった。その背中には、もうあの頼りない姿はない。炎の精霊としての誇りを、完全に取り戻していた。
「やれやれ、今日の客も、随分と熱い奴だったな」
俺は、空になったカレー皿を片付けながら、一人、静かにつぶやいた。
生き物の体の中にある、内なる炎。そいつを、もう一度燃え上がらせるのも、また、食い物の力。
この食堂は、どうやら、ただの飯屋じゃない。
森の仲間たちの、魂の火を、再点火させるための、小さな炉なのかもしれないな。
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