第十四話:デュラハンと飢餓ホルモン (3/3)
グゥゥゥゥ……
静かな店内に、長く、そしてはっきりとした音が響き渡った。
それは、今まで鉄の沈黙を守っていた、騎士(体)の腹の底から発せられた、紛れもない「空腹」の音だった。
「なっ……!?」
生首が、信じられないといった様子で、自分の体を見下ろす。騎士(体)の方も、自分の腹部で起きた、初めての反逆に戸惑っているかのように、鎧の上からお腹を押さえている。
「ホルモンの信号は届かなくとも、音と匂いによる、もっと原始的な信号は、ちゃんと届いたみてえだな。脳が『食いたい』と思うより先に、体が『食わなきゃ死ぬ!』って、本能で理解したのさ」
俺が言うと、騎士(体)は、まるで何かに憑かれたかのように、ゆっくりと、しかし力強い動きで、ナイフとフォークを手に取った。その動きに、もう以前のような迷いはない。
「お、おい、体!貴様、何を……!」
生首が慌てて制止しようとするが、もう遅い。
体は、首の命令を無視し、ただひたすらに、目の前の肉塊へと意識を集中させている。ナイフが、熱い鉄板の上で、分厚いステーキを切り分けていく。ザクッ、ザクッ、という小気味良い音。断面からは、美しいロゼ色の肉汁が、じゅわっと溢れ出す。
そして、体は、その一切れをフォークで突き刺すと、小脇に抱えていた生首の口元へと、寸分の狂いもなく、そっと運んだ。
「……!」
生首は、驚きながらも、抗うことなく、その肉を口に含んだ。
その瞬間、二人の間に、初めて完全な調和が訪れた。
口の中に広がる、肉の旨味、ニンニクとバターの香り、醤油の香ばしさ。その全ての情報が、首(脳)を歓喜で満たす。
そして、それと全く同じタイミングで、食道を通って胃に送られた肉の塊が、体(胃腸)に、温かいエネルギーとなって満ちていくのを、体自身がはっきりと感じ取っていた。
《ああ……これだ!これだったのだ!我は、これを求めていた!》
首が、歓喜の声を上げる。
それに応えるかのように、体は、こく、こくと、力強く頷いてみせた。
それからは、もう夢中だった。
体は、ただ黙々と肉を切り分け、首へと運び続ける。首は、その一切れ一切れを、感謝を込めて味わう。そこにはもう、言い争いも、すれ違いもない。ただ、一つの目的――「食べる」という生命の根源的な喜びに満たされた、完璧な連携作業があるだけだった。
やがて、鉄板の上の肉が綺麗になくなると、騎士(体)は、満足そうにナイフとフォークを置いた。
《……満たされた……。初めて、心と体が、一つになった気がする……》
生首が、穏やかな声でつぶやく。
帰り際、騎士(体)は、俺に向かって、深く、そして美しい騎士の礼をした。そして、その腕に抱えられた生首も、同じタイミングで、にこりと微笑んでみせた。
「どうやら、仲直りできたみてえだな」
俺の言葉に、二人は、同時に、こくりと頷いた。
その姿は、もう不気味な首なし騎士ではなく、ただ、少しだけ変わった、一人の誇り高き騎士に見えた。
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