第十三話:悪夢を食べる獏と腸脳相関 (3/3)
彼は、そのカップを、まるで壊れ物を扱うかのように、慎重に両手で包み込むと、おずおずと、その一口を口に運んだ。
カモミールの優しい甘さと、ミントの爽やかな香りが、彼の荒れた心を、まるで穏やかな風が撫でるように、静かに鎮めていく。一口飲むごとに、喉の奥から胃の腑にかけて、じんわりと温かい道ができていくようだった。
《ああ……温かい……。今までわしが食べてきた、どろりとした悪夢の味が、この一杯で洗い流されていくようだ……》
彼は、目を閉じてその温もりを味わうと、二口、三口と、ゆっくりとハーブティーを飲み進めた。体の芯から、強張っていた力が、少しずつ、緩やかに解けていくのが分かる。
「次はこっちだ。熱くないうちにどうぞ」
俺が、湯気の立つチーズリゾットを差し出すと、彼は頷き、そっとスプーンを手に取った。
野菜の優しい甘みが溶け込んだ、とろりとしたリゾット。それは、彼の疲れ切った胃を、優しく、優しく、包み込んでいく。一口食べるごとに、まるで鉛のように重くのしかかっていた胃のもたれが、すーっと軽くなっていくのを感じた。
彼は、夢中で、しかしとても穏やかな表情で、全てを綺麗に平らげた。
ハーブティーとリゾット。その二つの優しい食事が、彼の脳と腸、両方から、ゆっくりと、しかし確実に、悪循環の鎖を断ち切っていった。まず、温かい食事が、物理的に胃腸の緊張を和らげる。そして、その安らぎの信号が、脳へと伝わり、心の興奮を鎮めていく。まさに、腸脳相関の好循環だ。
食事が終わる頃には、彼の顔から、あれほど深かった隈が、心なしか薄れているように見えた。その表情は、来た時とは比べ物にならないほど、穏やかになっていた。
そして、彼の大きな体に、抗いがたい眠気が、穏やかな波のように押し寄せてきた。
《ああ……なんだか、とても、眠い……。こんなに、穏やかな気持ちで眠くなるのは、一体、いつぶりだろうか……。旦那……感謝、する……》
彼は、感謝の言葉を最後まで言い切ることなく、カウンターに座ったまま、こくり、こくりと、静かに船を漕ぎ始めた。やがて、すぅ……すぅ……と、子供のように無防備で、穏やかな寝息が、静かな店の中に響き渡る。
俺は、そんな彼の姿に、静かに微笑んだ。
店の奥から、一番大きな毛布を持ってくると、その体を優しく包んでやる。
「悪夢を食うだなんて、業の深い仕事だが、あんただって、たまにはいい夢を見る権利くらい、あるさ」
俺は、彼の安らかな寝顔を見ながら、一人、静かにつぶやいた。
今夜は、このまま店に泊めてやるとしよう。きっと、彼が見る久しぶりの夢は、チーズリゾットのように、温かくて、優しくて、ハーブティーのように、心がすーっと軽くなるような、幸せな味がするに違いない。
俺は、静かに店の明かりを消すと、自分も、穏やかな眠りにつくことにした。
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