第十三話:悪夢を食べる獏と腸脳相関 1/3
ゴーゴンの少女が、鏡の中に新しい世界を見つけてから数日。店には、また穏やかな時間が流れていた。俺、仏田武ことぶっさんは、カウンターを磨きながら、この不思議な店にやってくる客たちのことを考えていた。
「種族が違えば、悩みも千差万別。だが、結局は、心と体のどっちかが悲鳴を上げてるってことなんだよな。面白いもんだ」
そんなことを考えていると、夜も更けた頃、カランコロン、と力ないドアの音がした。
見ると、そこに、大きな体を揺らしながら、ひどく疲れた様子の客が立っていた。象のような鼻、サイのような目、虎のような足を持つ、伝説の生き物「獏」だ。その顔には深い隈が刻まれ、その足取りは、まるで泥の中を歩くように、重々しかった。
だが、その佇まいには、ただ疲れているだけではない、長い、長い年月を生きてきた者だけが持つ、賢者のような、あるいは古い石碑のような、静かな重みがあった。
「いらっしゃい。旦那、ひでえ顔色だが、大丈夫かい?」
俺が声をかけると、バクはゆっくりと顔を上げ、弱々しく頷いた。
《ああ……すまない。夜分に、迷惑とは思ったのだが……どうしても、助けてほしくてな。わしは、人々の悪夢を食べて生きる、獏というものだ》
脳内に響いてきたのは、ひどくかすれてはいるものの、その奥に、深い知性を感じさせる、老賢者のような声だった。
「悪夢を食う、ねえ。そりゃまた、大変な仕事だな」
《それが、わしらの役目だからな…。だが、最近、どうも様子がおかしい。近くの村で何か良くないことが起きているのか、わしが食べる悪夢が、ひどく“味の濃い”ものばかりでな…》
彼は、大きなお腹を、苦しそうにさすりながら続けた。
《嫉妬や、憎しみ、恐怖といった、どろりとした感情の悪夢ばかりを食べ続けるうちに、どうにも、胃がもたれて、胸やけがして、夜も眠れなくなってしまったのだ。悪夢を食べる者が、悪夢にうなされるとは、なんとも皮肉な話でな……》
なるほど。精神的なストレスを「食べる」という、特殊な職業病か。
俺は、彼の様子をじっくりと観察する。これは、ただの食べ過ぎじゃない。心と体が、互いに悪影響を及ぼし合っている状態だ。
「旦那、そりゃあ、『腸脳相関』ってやつだな」
《ちょうのうそうかん…?》
「ああ。脳、つまり心がストレスを感じると、その信号が腸に伝わって、胃腸の働きが悪くなる。逆に、胃腸の調子が悪いと、その不快感が脳に伝わって、不安になったり、眠れなくなったりするんだ。脳の疲れが、お腹の疲れを呼んで、お腹の疲れが、また脳を疲れさせる。悪循環に陥っちまってるのさ」
俺の説明に、バクは驚いたように目を見開いた。
《なんと……。わしのこの不調は、ただの胃もたれではなかったのか》
「ああ。だから、旦那に今必要なのは、胃薬じゃねえ。荒れたお腹と心を、両方いっぺんに、優しく撫でてやるような、特別な夜食だ」
俺はニヤリと笑うと、疲労困憊の彼に、安心させるように力強く言った。
「今夜は、ぐっすり眠れるようにしてやる。俺に任せな」
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