幕間:呪いの瞳と鏡の奇跡
わたくしは、ずっと、世界に背を向けて生きてまいりました。
この瞳が、呪われているから。わたくしが、心から「美しい」と感じて見つめたものは、全て、命のない、冷たい石に変わってしまうから。
美しいものが、大好きでした。
朝露に濡れて輝く蜘蛛の巣も、雨上がりの空にかかる七色の虹も、風にそよぐ名もなき野の花も。この世界は、なんて美しいもので満ちているのでしょう。けれど、わたくしがその美しさを知れば知るほど、世界は石に変わっていく。わたくしの愛が、世界を殺していく。
その矛盾に、心はとうに引き裂かれ、諦念という名の分厚い布で、この瞳を覆い隠しました。美しいものを見なければ、誰も、何も、傷つけずに済むのですから。そうやって、色も光もない、永遠に続くかのような暗闇の中を、ただ独り、さまよい続けておりました。
そんな時、風の噂で耳にしたのです。森の奥に、どんな悩みも解決するという、不思議な料理人がいると。
わたくしのこの呪いが、料理でどうにかなるはずもない。そう思いながらも、何かにすがりたい一心で、そのお店の扉を叩きました。
お店の主、ぶっさん様は、わたくしの姿を見ても、恐れませんでした。それどころか、わたくしの呪いの本質を、まるで古文書を読み解く学者のように、静かに、的確に見抜いていかれたのです。「直接見なければ、呪いは届かないのではないか」と。
彼が作ってくれたのは、食べるためのお菓子ではありませんでした。
わたくしのために作られた、世界で初めての、「見る」ためのお菓子。
目の前に置かれた、夜空のように深い青色のケーキ。その表面は、まるで魔法のように磨き上げられ、寸分の狂いもなく、静かな光を反射していました。
言われるがままに、震える手で、長年わたくしを縛り付けていた目隠しを外す。
そして、目の前の「鏡」に映ったのは……わたくし自身の顔でした。
生まれて初めて見る、自分の姿。蛇の髪を持つ、呪われた少女。でも、石にはならない。
次に、鏡に映る、小さな花瓶の花を見る。
石にならない。美しいまま、そこに咲いている。
ああ……!
見えます。世界が、見えますわ。
この呪われた瞳でも、美しいものを、美しいまま、見ることができる。
涙が、溢れて止まりませんでした。それは、もう諦念の涙ではありません。暗闇に差し込んだ、一筋の光を見つけた、歓喜の涙でした。
ぶっさん様は、帰り際に、小さな銀の鏡をくださいました。「君だけの、安全な窓だよ」と。
この小さな窓から見える世界は、なんて広く、なんて美しいのでしょう。
わたくしは、まだ世界に背を向けているのかもしれません。でも、もう独りではありません。この小さな鏡があれば、わたくしは、これからたくさんの「美しい」と出会うことができる。
そう思うと、石のように冷え切っていたわたくしの心に、陽だまりのような、温かい光が差し込んだような気がしたのです。
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